【電子書籍化】悪役令嬢は破滅回避のため幼女になります!
婚約者候補のいる日々
 王国一の魔法学園。その校舎の三階から、アレン・ローズウェルは登校する生徒たちを眺めていた。
 自由な校風を謳う学園には入学式と呼ばれるものは存在しない。しかしながら、今日という日には新入生たちが学園に集い、通学路はいつもに増して賑わいを感じさせる。身分も年齢も自由な学園は、遠くからでも感じるほど個人の色は様々だ。
 この学園に通う生徒たちは国の未来を担う魔法使いとなる。新入生を眺めるアレンは彼らの未来に期待を寄せていた。

(だが、俺が一番期待を寄せているのは……)

 いくら待っても肝心の人物が現れない。
 黒髪の、気の強そうな顔立ちの彼女は学園の制服をどのように着こなすだろう。だが実際は内気で臆病な性格だ。自信がなさそうに眉を寄せる表情を思い浮かべると愛おしさに頬が緩む。
 なのにいつまで経っても彼女の姿はない。

「何故だ。何故イリーナは登校してこない?」

 第二王子であるアレンには婚約者候補とみなされる女性が数人いる。次期国王になる兄には決まった女性がいるというのに、アレンは答えをはぐらかし決定には至っていなかった。
 どうせ伴侶になるのなら、愛はなくともせめて優秀な人間が好ましいというのは本人たっての希望であり、そのため決定までに時間を費やされることになったのだ。
 その内の一人に名を連ねている侯爵家のイリーナ・バートリスだった。それまで者候補の一人にすぎなかったイリーナの存在がアレンの中で大きくなったのは、彼女の六歳の誕生日のことだ。

「おめでとう。イリーナ」

 祝いの言葉とプレゼントを差し出せばイリーナは目の色を変えて喜んだ。何かと張り合ってくる迷惑な従兄弟を避けるために訪れたパーティーではあるが、喜んでもらえたのなら悪い気はしない。
 出席するからにはきちんとプレゼントを用意するようにと両親からも言われている。バートリス侯爵は父の古くからの友人でもあり、たとえ娘相手でもないがしろにすることは許されなかった。
 ところがそれ以降、いくら待ってもイリーナからの反応はない。

「イリーナ?」

 イリーナの顔からは表情が抜け落ちていた。それは次第に怯えのように彼女を支配していき、もう一度目が合うとそこに在るのは確かな怯えだった。
 訳もわからずにアレンは逃げ出したイリーナの後を追う。しばらく走ったところで後ろ姿を見つけたが、誰かと一緒にいるらしい。アレンはとっさに身を隠していた。
 自分のプレゼントは拒絶したくせに、同じ年頃の、それも庭師の息子のプレゼントを受け取っている場面だ。こんなにも複雑な気持ちは初めてだった。
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