やわらかな檻
 どこまでも続く広い和室に映える、それは優美な姿だった。

 藍染めの着物はこの場にひどく不釣合いだったけれど、その文句すらこの場の誰からも出て来なかった。

 まじまじと見るのは本当に久し振りで、一瞬自分の目を疑ったほどだ。

 
 この人は本当に、男性であるのだろうか。

 滑らかそうな白い肌。

 高い位置で、赤い紐でくくられたみどりの黒髪は艶やかで。

 男性にしては柔らかく。
 女性にしては身長が高すぎる。凹凸が少ない、すらりとした体型だ。


 隣に座る小父さまが、ほぅと溜息をついた。

 好色な父親が自分の息子ということを思わず忘れてしまうほどに、この親子の繋がりは薄く、また冷たい。


「仁科慧、ただ今参りました」


 私は慧を見上げて、言うべきだった言葉をなくした。


 生きるために、女性と偽らざるを得なかった人だ。

 ちっぽけなようで巨大な闇のような『家』という存在に、飲み込まれた人だった。
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