「君は運命の相手じゃない」と捨てられました。
第1章
「ごめん。君は運命の相手じゃないんだ」

私の名前はセイレーン・アドラー。

エトライナー王国の伯爵令嬢として生を受けた。

父に似た夜空色の髪と目をしている。

そして、私の前にいるのはディアモン・ジュノン。ジュノン侯爵家のご子息であり私の婚約者。

現状は。でも、それも今日までのことだろう。

彼は姿形こそ私たちに似ているけど決定的に違うものがある。それは彼の頭に獣の耳がついていることと尻尾があることだ。

彼は狼の獣人だ。

ここエトライナーは人と獣人が共存している。

「運命、ですか?」

「ああ。俺たち獣人には番と呼ばれる者が存在する。出会えるものは極一部」

「聞いたことがあります。でもそれは物語上の話だと」

「ああ。それだけ獣人が番に出会うのは奇跡なんだ。でも存在はする」

「そして、あなたは出会ってしまったと」

「ああ」

「すまない」と言ってディアモンは頭を下げる。

悲し気な顔を隠そうともせずに彼はいる。どうしてあなたがそんな顔をするの?

あなたにそんな資格ないでしょう。

あなたが私をあなたの意志で捨てるんだから。

「この婚約はなかったことにしてくれ」

彼の家は侯爵家。私の家は伯爵家。身分が上の者からの申し出に拒否できる権限はなかった。

「分かりました」

「すまない。ありがとう」

もっとごねると思ったのだろう。でも私がすんなり受け入れたらか、彼はほっとしたような顔をした。

彼との婚約は政略だった。

それでもお互いに尊敬しあえる関係は築いていたつもりだった。

「これ、婚約に関する書類だ。サインを頼む」

婚約破棄の書類を用意しているなんて用意周到ね。

無意識が意識的か分からないけど、私が断れないって分かっていたんでしょう。

そういうところ、ずるいよね。もういいけど。

私は書類の内容を確認してからサインした。

今回はディアモンの都合で破棄されるため慰謝料が彼の家から支払われることになる。

「書類は俺が城に提出しておく。アドラー伯爵にはすでに話を通しているから心配しなくていい」

「そうですか」

本当に用意周到ね。

後は私の承諾だけだったということか。

でも父から承諾を貰っているのなら私の意思なんて初めからあってないようなものじゃない。

形ばかりの確認に来たってことね。

わたしがごねたらどうするつもりだったのかしら?

一瞬、ごねて困らせてやろうかとも思ったけど止めた。

見苦しいだけだし、それに彼に優しく悟らされてもムカつくものね。

私はサインされた書類を仕舞うディアモンを見つめる。

たった一枚の紙きれで私たちの関係は終わった。とても呆気ないものね。

「この程度の関係だったのね」

「ん?何か言ったか?」

きょとんとした顔をするディアモンに私は首を左右に振った。

「何でもないわ。今までありがとう。さようなら。幸せになってね」

私が笑ってそう言うと彼はとても驚いた顔をしていた。

「あ、ああ」

とても複雑な顔をしながらディアモンはアドラー邸を出て行った。

私は一人になりたいと言って侍女を部屋から追い出した。
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