狂おしいほどに君を愛している

0.シャノワールの場合

「スカーレット、どうしてあんな酷いことができる?」

燃えるような赤い髪と目をした男が騎士に暴行を受け、ずたぼろになって牢屋に閉じ込められている私を見て悲痛な表情を浮かべている。

彼はシャノワール・シクラメン侯爵令息でブラッティーネ公爵の甥。つまり私の従兄になる。

まぁ、彼も下民の女の血が流れている私のことを従妹だとは思いたくないだろうけど。

「答えろっ!」

がんっ

シャノワールが鉄格子を殴った。

彼の手は赤くなっていたけど怒りで痛みは感じないらしい。

「リーズナは?死んだの?」

「解毒はすでに済んでいる。峠も超えた」

「そう。残念ね」

私の言葉を聞いたシャノワールはもう一度鉄格子を殴った。

きっと私を怒りに任せて暴行しないように代わりに鉄格子を殴っているのだろう。

悪女だと言われている私相手でも女だからという理由で手を上げないなんて、どこまでも紳士的でいっそう哀れだわ。

「どうして義妹に毒を盛ったんだ?」

「おかしなことを聞くのね。毒を盛る理由なんて決まっているじゃない。死ねばいいのにって思ったからよ」

「スカーレットっ!」

「私はリーズナが大嫌い。彼女の死を願う程に。そしてその手段があったから実行しただけよ。有名な劇作家だって言っていたじゃない『悪事を行う手段が目の前あれば、人は容易く悪事を実行に移せるのだ』と」

「どうしてそこまで嫌う?どうしてそこまで憎む?」

彼の目には涙が溜まっていた。

「あなたには分からないわ」

「分からせようともしてくれなかったくせに」

嘘つき。

私のことを理解したいなんて一度も思わなかったでしょう。

私はブラッティーネ公爵家にとっては異物。

幸せな家庭を壊す、リーズナを脅かす邪魔ものでしかなかった。いつだってそう。どこに行っても、誰も私を受け入れてくれない。

オルガの心臓が勝手に私を選んだくせに、まるで私が盗んだみたいな目でみんな私を非難していたわ。

「あなたに何が分かるのよ。何も分からないわよ」

「どうしてすぐにそうやって遮断をするんだ。俺は」

「憎しみしか残らなかった。全てがこの掌から零れ落ちても、憎しみだけが私の手に残ってくれたの。たとえ、この身が焼かれ、灰となろうとも憎しみだけはなくなることなく、いつまでも私の身に停滞するでしょうね」

「どうしてそこまで」

愕然とするシャノワールに私は最後の留めとばかりに行った。冷笑を浮かべながら。

「だから言ったでしょう、あなたには分からないって」

「っ」

シャノワールは逃げるように出て行った。

「‥‥‥もう、起き上がれるまでに回復したの?」

こつん、こつんと足音がしていた。

とても軽い足音だったのでそれが女性だということはすぐに分かった。

メイドや侍女でも地下牢に来たがる女はいない。

ここに来たがる悪趣味な人間なんて一人しかいない。

「リーズナ」

「まだ少しふらつくけどね」

「そんな状態でわざわざ面会に来てくれるなんて光栄ね。嬉しすぎて吐いてしまいそうだわ」

がちゃり

リーズナが牢の鍵を開けて、中に入って来た。

きっとよからぬことをしようとしているのだろうとすぐに想像できた。でも、狭い牢屋内で逃げ回ることはできないし、彼女を押し倒して逃げる体力も気力もない。

リーズナは懐から出した瓶を傾けた。中の液体が肌に落ちた瞬間、じゅわっと肉を焼くような音がしたと思ったら皮膚に刺すような痛みが走った。

すぐに彼女が持っているのが硫酸だと分かった。

リーズナは私の顔や体、いたるところに硫酸をかけた。

私は重度の火傷を負い、死んだ。
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