狂おしいほどに君を愛している
第Ⅰ章 スカーレット・ブラッティーネは5度目の人生を歩む

1.なぜ記憶は蘇った?

ばしんっ

声を出せないほどの激痛が背中に走った。

気を失っていたのだろう。

でも、ただ気を失っていたわけじゃない。

私は近くにある姿見を見た。

手首を縛られて吊るされているのは紛れもない私だ。

萩色の髪に緑の目をした私の記憶よりも幼い少女。

スカーレット・ブラッティーネ

それが私の名前。

私はスカーレット・ブラッティーネとして生まれてから今日までずっと同じ、だけど少し違う人生を歩んできた。

この国の王太子であったファーガストと婚約をした時は敵国と手を組み、この国を滅ぼそうとしたのがバレて、拷問の末に命を落とした。

二度目の人生では第二王子であるエドウィンと婚約をした。

リーズナをめった刺しにして殺そうとしたけど失敗。逆に騎士にめった刺しにされて死んだ。

三度目の人生では第三王子のユージーンと婚約。リーズナを奴隷商に売ろうとしたけど失敗。崖から飛び降りて死んだ。

四度目の人生は従兄のシャノワールと婚約。リーズナに毒を盛って殺そうとしたけど失敗。硫酸をかけられて死んだ。

そして今が五度目のスカーレット・ブラッティーネとしての人生だ。

四度目では記憶なんてなかった。だからいつだってリーズナを虐めて、悪女になって、最後は死ぬ運命だった。

どうして今、記憶がよみがえったのかも、どうして五回もスカーレット・ブラッティーネとしての人生を送ることになっているのかも分からない。

ただ分かるのはもうあんな人生は嫌だということと、誰かに愛してもらおうと期待するのは止めておいた方が良いということだ。

期待したところで破滅しかない。

「どうして、あなたは私に恥ばかりかかせるのっ」

女の金切り声が耳に入って来た。

私と同じ髪と目の色をしたこの女は私の実母でありブラッティーネ公爵の愛人。

私は今、彼女から体罰を受けている。

教師が使う教鞭を持って彼女は何度も私の背中を叩く。

ポタポタと床に血が落ちている。

多分、肉が裂けているなとどこか他人事のように思うのは惨たらしく死んだ記憶がよみがえったからだろう。痛みに対して耐性がついたようだ。

それにしても、私は何を失敗して母の怒りを買ったんだろう?

記憶を探ってみる。

私は今十二歳だ。そこまでの記憶はあるはず。四度目までの記憶と混在しているみたいだから上手く整理しないと。

ああ、思い出した。

この家の息子たちに馬鹿にされて腹を立てて、その八つ当たりをされているんだ。

十二歳の今ではオルガの心臓を操れない。この女を今、この場で黙らせることはできない。今はとにかく耐えよう。すぐに終わる。

目を閉じて、耳を塞げばいい。そうすれば何も感じない。次に目を開ける頃には全て終わっている。



◇◇◇



ほらね、終わった。

ベッドの上に寝かされていた。私の部屋だ。傷の手当はされていない。

変わらない。何も変わっていない。

五回もスカーレット・ブラッティーネとしての生きているのにここでの私の待遇は何一つ変わらない。

「取り敢えず、手当てをしよう」

背中だから包帯を巻くことしかできないけど。せめてドレスに血がにじまないようにはできるだろう。

このドレスももう着れない。

ドレスを脱がしてから罰を与えればいいのに、着せた状態で罰を与えるからドレスがボロボロだ。

でも、ドレスの数なんてそんなに持っていないし新しく買ったってどうせすぐにボロボロにされる。

私はドレスを見つめる。

「何とか繕えるか」

ドレスを脱ぎ捨てて、棚に仕舞ってある救急箱を取りに行こうと立ち上がった時、心臓がどくんと脈打った。

やばいと思った時には体は傾いて、床に激突していた。

「かはっ」

吐血した。

体を黒い茨の文様が覆いつくす。

オルガの心臓の暴走だ。
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