狂おしいほどに君を愛している

5.ねぇ、どうして私を殺さなかったの?

「父上はこのことを知っているのか?」

「さぁ、存じ上げません」

「何も報告していないのか?」

なぜそんなことを聞くのかまるで分からない。

彼は常に無表情で何を考えているのか読み取ることすらできない。

「何を報告せよと?母に虐待されているから助けてくれと?こういう状況を作り上げた張本人に?」

「・・・・・・」

まただんまり。

だけど瞳が僅かに揺れている?

「あなた達にとって私はオルガの心臓を奪った盗人。母は公爵を誑かし、私を利用する悪女。あなた達にとって私たち母娘は侵入者であり害悪。どうなろうと、知ったことではないでしょう?」

「人は簡単に死ぬ。先程のことも打ち所が悪ければ死んでいた」

放り投げられた時のことを言っているのだろう。

正直、四回も死んだ私には今更な感もあるけど。

「その方があなたたちにとって都合が良いんじゃないの?私が死ねばオルガの心臓は新たに主を選び直す。新しく芽吹く公爵家に連なる者の命を主としてくれる。私のような者ではなく」

長兄か次兄のどちらかが結婚し、生まれた子供にオルガの心臓が宿る。

「お前は俺たちにこう言いたいのか、『なぜ生まれて来た時に殺してくれなかったのか?』と」

ああ、そうだ。

ずっとそう言いたかった。

壮絶な死を遂げた経験があるからこそ、死にたいとは思わない。

今度こそ生き抜いてやろうと思う。

でも同時に思うのだ。

どうして私を生んだの?こんな地獄みたいな世界と知っていたら生まれて来たくはなかった。

産声を上げたその瞬間に殺してくれたら良かったのに。

何も知らないまま、何も分からないままの赤子の状態で死にたかった。



ねぇ、どうして私を殺さなかったの?



「どうして生きたいと思う?こんな世界で」



◇◇◇



ノルウェン視点



「兄さんは知っていましたか?」

寂しそうに笑い、何もかも諦めたような目で私を捉えた義妹はもう言うことはないとばかりに去って行った。

「知ってるわけないだろ」

途中から兄であるエヴァンがいたことには気づいていた。

「あいつは、いつも癇癪を起してあの女と同じで傲慢で嫌な奴だった。オルガの心臓があるから追い出すわけにはいかない。それが余計に腹立たしくて、でも、あんな、あんなふうに傷つけばいいのにと思ったことはない。あんな言葉を言わせたかったわけじゃない」

兄さんはまるで懺悔する悪人のようだった。

死を乞われるほどの世界であの義妹は一人、生きてきた。

白く、細い腕には埋め尽くすほどの痣があった。

私は義妹を掴んだ手を見る。かなり細かった。少し力を入れたら折れてしまいそうなほどに。

そう言えばよく食事を残しているな。食堂に来ない日も多い。

虐待を受けているんだ。それも日常的に。なら、それが原因で食堂に来れなかったり、食事がとれない日もあるだろう。そもそも食堂に来ない時にまともな食事が運ばれているかも疑問だ。

あの女と義妹は現在、離宮に住んでいる。離宮の使用人が虐待に気づいていないはずがない。あの女は馬鹿だ。自分がやっていることを相手が使用人というだけで見下し、隠してもいないはずだ。

虐待を放置した挙句、報告も怠っている。

もしかしたら虐待に加担している可能性もある。

「リーゼ、離宮の様子を調べてくれ。それと使用人についても」

「畏まりました」

クリーム色の髪に青い目をした彼女は私の専属侍女、リーゼ。

リーゼはすっと気配を消して離宮へ向かった。

「どするつもりだ?」

「調べて報告を上げるつもりです。上手くいけばあの女だけを邸から追い出せる」
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