精霊たちのメサイア

12.味方

12.味方


ローゼンハイム聖下に座る様促され、焦げ茶色の木目の椅子に腰掛けた。ファニーニ枢機卿は座っているローゼンハイム聖下の斜めすぐ後ろに立って控えている。


「ミントティーは飲めますか?」

「はい」


そう言ってローゼンハイム聖下はガラスのティーポットに手を伸ばした。


「あ、あの、自分で__」

「お客様なのですから、どうぞお気になさらないでください」


穏やかな笑顔に見えるけど、何とも言えない圧を感じる。


「…ありがとうございます」


ニコッと笑顔を深くしたローゼンハイム聖下を見て、この人を敵に回しちゃいけないと直感が働く。それは聖下という偉い立場の人だからってわけじゃなくて、ローゼンハイムさんという個人の存在自体にヤバさを感じる。

ローゼンハイム聖下が淹れてくれたミントティーは渋さもなく、ただたださっぱりとした口当たりで、身体の中が綺麗になっていく気がした。


「あの……ベアトリス様からは何処までお聞きになってるんでしょうか?」

「異世界の人間であり、魂はこの世界の人間であると聞いております。 そして、世界のバランスを調和する者だとも仰っておりました」

「世界……そんな大層な人間ではないんですが……」

「確かに精霊のメサイアは他国にもおります。 ですが、精霊と神の加護をお持ちの人間はレイラ様以外にはおりません。 そもそも神の加護を持つものは聖職者の中でも限られた者しかおりません」

「それって……私も教会の人間にならないといけないって事ですか?」


指先が冷たくなっていく。せっかくお父様とお母様、屋敷の人たちと楽しい時間を過ごせる様になってきたのに、私はもう一緒に居られない?出て行かなきゃいけないの?


「そうですね……それを、レイラ様がお望みなのであれば」

「え?」

「ベアトリス様はレイラ様を見守る様にと仰いました。 何かあれば手助けをする様にともです。 レイラ様が今望まれることは何です?」

「私は……今の家族と暮らしたいです。 もし叶うのなら、好きな人と結婚して、子供を産んで、家庭を築きたいです」

「では、そのようになさって下さい。 レイラ様が幸せなのでしたら、私共はただただ見守るだけです。 貴女の身に危険が迫ることがあれば、どうぞ私共をお頼り下さい」


そう言ってもらえるのは凄くありがたい。有難いけど……。


「ベアトリス様がお告げをなさっただけですよね? そんなお告げの為に私みたいな得体の知れない人間を守るというんですか?」

「そうです。 我々教会は神を讃え、敬い、愛しております。 我が国では特に生命の神ベアトリス様を信仰しております。 そのベアトリス様がレイラ様をお守りするようにと仰るのには、意味がおありなのでしょう。 それに私は伊達に何十年も聖下をしているわけではございません。 人を見る目はあると思っております。 レイラ様はとてもあたたかな空気を纏っていらっしゃいます。 まだ汚れのない透き通った空気です。 ベアトリス様に言われただけではなく、私自身レイラ様を信じてもいいと思っております」


ローゼンハイム聖下の空のように澄んだ色の瞳が真っ直ぐと私を見つめる。真剣な表情、それに感動する言葉。数ある言葉の中から一番気になってしまったのは“何十年も聖下をしている”だった。

この人いったいいくつなの!?


「あははっ」


突然笑われて驚いた。


「私にそんな表情を向けるのはレイラ様くらいですよ」


え?どんな顔?

覆うように顔に両手を置いた。目線だけローゼンハイム聖下に向けると、更に笑われた。後ろのファニーニ枢機卿も何が起きてるんだと言わんばかりにびっくりしてる。


「ふふっ、すみません。 どうか、そのままでいて下さい。 汚れなく、この世界に染まってしまわぬ様、レイラ様はレイラ様のままでいて下さい」


それがどういう意味なのか分からなくて、曖昧に「はい」と答えるとまた笑われてしまった。笑われたからって嫌な気分にはならなかった。むしろ楽しそうで、私までつられて笑ってしまった。

帰りはまさかのローゼンハイム聖下が送ってくれた。教会の人たちはすれ違う時には立ち止まり静かにお辞儀をする。

両親と合流して馬車に揺られる中、道すがらローゼンハイム聖下に言われた「どうか闇に近しき者にはお気をつけ下さい」という言葉が頭から離れなかった。




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