精霊たちのメサイア

20.不安定

20.不安定


いつもの庭園に着くと、ローゼンハイム聖下がお茶の準備をして待っていてくれた。


「遅くなってしまってすみません」

「いいえ、大丈夫ですよ。 それよりも先程は深紅の聖女が失礼いたしました」


どうやら既にさっきの出来事がローゼンハイム聖下の耳にも入ってきているようだ。


「先程の聖女様は深紅の聖女様って呼ばれてるんですか?」

「えぇ、そうです。 現在アガルタ王国の王都にいる聖女は深紅の聖女_アンブリス子爵令嬢だけです」

「すみません、王都以外にも聖女様っていらっしゃるんですか?」

「聖女は各国それぞれ数名存在しています」


え!?聖女様って国に1人だけだと思ってた。まだこの世界の事知らない事だらけ。まだ1年も経っていないからしょうがないのかもしれないけど、知識が増えれば増えるほど焦ってしまう。


「アガルタ王国にはもう一人聖女がいます。 その方は康寧の聖女と呼ばれています」

「こうねい?」

「康寧の聖女_カストロ辺境伯令嬢はとても穏やかで慎ましやかな女性です。 その性格もあって、あまり領地からお出になりません。 王都へ来られたのはデビュタントの時だけではないでしょうか」

「それじゃあローゼンハイム聖下もあまり会ったことはないんですか?」

「そうですね。 2、3度お会いしただけでしょうか。 それは深紅の聖女にも言える事ですが」


教会と聖女様って深い関わりがあるのかと思ってたけどそうじゃないのかな?


「あの……聖女様って何をされてるんですか?」

「聖女の仕事は簡単に言えば浄化です。 呪いや穢れを祓う力を持っています。 光属性なので治癒も使えます」

「それじゃあ領地から出ないと仕事にならないですよね?」

「神聖力を込めたお守りを作ってもらっています。 軽い穢れなどでしたらそれで十分ですので。 お守りでは対応できないものに関しては、聖女に赴いてもらっています。 聖女が動けない時は私が赴くこともあります」

「ローゼンハイム聖下はずっと教会にいなくていいんですか?」

「基本は教会本部か神殿におります。 ですが絶対に離れられないというわけではありません」


へーそうなんだ。

ローゼンハイム聖下の話し方はいつも乱れることなく穏やかで、ホッとする。深紅の聖女に会った時に感じた不快な気持ちがどんどん薄れていく。


「本日用意させて頂いたチョコレートはカストロ辺境伯領の名物ですよ」


この世界にしかない、初めて聞く名前の食べ物もたくさんあるけど、チョコレートの様に日本にいた頃に食べていた物もある。そういう物を見つけると懐かしさは感じるけど、帰りたいと思う事はない。だけど、チョコレートを見ると思い出す……。


「レイラ様……」

「あ、これとっても美味しいです。 あはは、なんだろう…なんで……ッ」


チョコレートを口に入れて甘さが広がった途端、涙が溢れた。拭っても止まらない。この世界に来て、私の涙腺は緩くなってしまった気がする。


「今この場には私とレイラ様しかおりません。 ですからどうか、我慢なさらないでください」


顔を上げるといつもローゼンハイム聖下の側に仕えているフェニーニ枢機卿の姿が見当たらなかった。私が泣いてしまったから気を遣ってくれたんだろうか?申し訳ないと思いながらも、有り難かった。

私の涙が落ち着くまで、ローゼンハイム聖下は静かに…まるであたたかな空気の様にそばにいてくれた。


「お見苦しいところをお見せしてしまってすみません……おば_祖母の事を思い出してしまって……」


やっと話せたのに、口を開けばまた涙が込み上げてくる。


「どんな方だったのですか?」

「……いつも、穏やかで…優しくて、いつも、味方でいてくれて……お菓子作りが得意で…その中でも私はチョコチップのクッキーが大好きで、いつも私のために焼いてくれたんです……でも……」


あの日のことを思い出すだけで胸が苦しくなる。息が上手くできなくなる。綺麗さっぱり忘れてしまいたいのにそれが出来ないのは、おばあちゃんの事まで忘れてしまう気がするから…。


「私っ……最期、会えなかった……ッあんなにそばにッ、いつも__っっ、いつも一緒にいてくれたのに__!!」


唯一の心の拠り所だった。どんなに辛くても、両親や姉たちに愛されていなくても、おばあちゃんがいてくれたからギリギリのところで頑張っていられた。


「お祖母様の事をとても愛してらしたのですね」

「っ……はい」

「最期を見届けられなくて悔やむお気持ちは分かります。 ですが、レイラ様がずっとその思いに囚われていては、お祖母様は悲しまれるのではないですか?」

「…………」

「とても心優しい方だったのでしょう? 私は愛する者たちには幸せでいてほしい…笑っていてほしいと思います。 お祖母様も愛するレイラ様には幸せになってほしいと思っておられる筈です。 レイラ様はお祖母様に何を思いますか?」

「……無事に、おじいちゃんに…会えてたらいいなってッ__そう、思います」


拭ってもすり抜けていく涙がドレスのスカートにシミを作っていく。

家族にはまだ日本での家族のことを話せていない。話さなきゃと思うけど、まだ勇気がでない。自分がどんなふうに生きていたのか、扱いを受けていたのか……知られるのが恥ずかしい。とてもよくしてもらっているのに、おばあちゃんのことを引きずっている事を知られたら呆れられて一線を引かれてしまうんじゃないかって……怖くなる。私は私の事しか考えられないちっぽけな人間だと痛感する。


「レイラ様のその優しい心はお祖母様から受け継いだのでしょうね」

「私は優しくなんかありません! 自分のことばかりで! 皆んなによくしてもらえる様な人間じゃないんです! 自分の過去を知られるのが怖くてッッ、侯爵家のみなさんに何も話せていないただの根性なしなんです!!」


顔を両手で覆った。自分の姿形さえも醜く感じて、見てほしくなかった。

どうしてだろう。なんだか感情が上手くコントロールできない。ドス黒くて嫌なものが心と身体に執拗に絡みつく感じがする。気持ちが悪い。私なんか死__!

何かが肩に触れた瞬間、靄が晴れていった。

顔を向けると、私の肩にローゼンハイム聖下の手が触れていた。


「レイラ様が話をしたいと思った時こそが機なのでしょう。 ですから、思い悩まず、まずはレイラ様が自分自身を愛し、自信を持つ事が大切です。 そうだ、これをお渡ししておきます」


シルバーのアクセサリーの様な物を渡された。


「これは……?」

「私の神聖力を込めたイヤーカフです。 レイラ様の魂がしっかり定着するまで心が不安定になりやすいのかもしれません。 ですからこれはお守りです」

「……ありがとうございます」

「もしもカストロ辺境伯領に行かれることがあれば、カストロ辺境伯令嬢のエリザベス様にお会いになって下さい。 きっと気が合うかと思います」



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