精霊たちのメサイア

4.貴族のお嬢様は覚えることがたくさんある。

4.貴族のお嬢様は覚えることがたくさんある。


レイラ・ヴァレリーの名前になってからはあれこれ考える暇もないくらい忙しかった。勉強を学ぶ前にまずは文字を覚えた方がいいと、家庭教師の先生をつけてくれた。先生はそれだけじゃない。マナー、ダンス……いろんな先生と顔を合わせてる。

この世界では17歳になったら社交界デビューをするらしく、それは一年もしないうちにやってくる。一般的にはそれが普通だけど、必ずしもそうでなければいけないわけじゃないから、嫌ならデビューをする必要はないと言ってくれた。2人はどこまでも私の心を気にかけてくれる。だからこそ、私はこの世界、そして2人に向き合いたいと思う。

日本にいた頃もいろんな習い事をさせられた。数え出したらキリがないくらい。最初は新鮮で楽しかったけど、義務のようになってからは苦痛でしかなかった。唯一の楽しかったのは歌うことだけ。でも今はどの勉強も楽しくて仕方がない。確かに大変だけど、心はとても満たされている。


「レイラお嬢様、馬車の準備ができましたので参りましょう」


お父様とお母様が私のお世話がかりにと付けてくれたレディーズメイドのサラは可愛らしい雰囲気の女の子。着替えだったり、ヘアメイクだったり、メイクだったり……とにかく身の回りのお世話をしてくれるけど未だに慣れない。身振り手振りで大丈夫!と伝えようとするも、「私にお任せください!」と逆に張り切られてしまい、されるがままになってしまった。

慣れないといえばドレスもだけど。

馬車のところにたどり着き感動した。ファンタジーだったり、昔のヨーロッパ映画とかに出てくる様な馬車のまんまだ。


「レイラ」


振り返るとお父様とお母様がいた。


「初めて街に行くというのに一緒に行けなくてごめんなさいね」


申し訳ないなさそうな顔をするお母様に笑って首を振った。


「サラや護衛の者たちと離れない様に。 いいね?」


心配するお父様にしっかり頷いて見せた。

2人に見送られながら馬車の中に乗り込んだ。窓越しに2人に手を振った。2人の姿が見えなくなり、改めて車内の座り心地に感動した。


「ふふ、レイラお嬢様は本当に可愛らしいですね」


わかりやすくはしゃいでしまっていた事に恥ずかしくなった。顔が熱い。

外を眺め、広く長閑な景色に癒される。


(本当に日本じゃないところに居るんだな……)


しみじみとそう感じた。夢じゃないことはとっくに分かってたけど、どうしてもまだハッキリと実感が湧いていない。

見慣れない景色を見ていたせいか、街まではあっという間だった。賑やかな街にきて胸が高鳴る。思わず走り出そうとしたら、手をギュッと握られた。


「レイラお嬢様、はぐれてしまっては大変ですので、今日だけは手を繋がせて頂いても宜しいですか?」


私ってば勝手な事をしちゃうところだった。笑って返すと、サラはホッとした顔をした。

気になるお店を指さすと、サラは「あれはドレスショップです。 靴屋です。 武器屋です」などなど、全部教えてくれた。

また指さすとサラは直ぐに答えてくれた。


「文房具屋です」


文房具!


「あのお店に入りますか?」


(いいの!?)


ぱっとサラの顔を見ると笑われてしまった。


「レイラお嬢様は変わってますね。 お嬢様の年頃ですと普通はドレスや靴、アクセサリーに興味を示しますのに」


もちろん興味がないわけじゃない。でもそれはもうお父様たちが十分すぎるほど用意してくれてるから、必要ない。1年は買わなくてもいいんじゃないかってくらいの量のドレスや靴、アクセサリーを見せられて驚いた日は忘れない。それよりも今はせっかく勉強するなら可愛いノートやペンが欲しかった。


「いらっしゃいませ」


文房具屋さんに入ると、可愛いおばあちゃんが出迎えてくれた。笑ってペコリと頭を下げると、おばあちゃんはとても丁寧なお辞儀をしてくれた。


「何かお探しですか?」


両人差し指で空中に長方形を描いた。そこにペンで文字を書く様にして見せる。


(伝わったかな……)


不安に思っているとおばあちゃんはニコリと笑って「少々お待ちください」と言って何処かへ行ってしまった。

戻ってくるまでの間、店内をぐるっと見渡した。とてもお洒落なお店。学生が来る様なところじゃなくて、社会人とか大人の人が利用する様な上品な文房具が多い気がする。


(あ! この万年筆可愛い!)


持ち手の銀色のところには蔦の様な模様が描かれていて、その先には真っ白な羽が生えている。


「こちらの万年筆が気に入られたのですか?」


頷こうと思ったけど、やめた。見た感じ高そうだったから。ノートなんか比じゃないくらい高いに決まってる。用意してもらった万年筆があるし、今日はノートだけにして、万年筆は壊れたら新しいの買ってもらおう。

戻ってきたおばあちゃんの手には複数のノートが握られていた。


「いくつか持ってきてみたのですけど、気にいるのがあるかしら?」


私はピンク、白、黄色の少し分厚めのノート3冊を選んだ。


「それと、これは差し出がましいかもしれませんが……もし宜しければと思いまして」


そう言って差し出されたのは木目調のキャップのついたペンだった。首を傾げると、私の代わりにサラがどういうものなのか聞いてくれた。


「これは空中に字が書ける万年筆なんですよ」


そう言ってキャップを外すと、実演するかの様に空中でペン先を動かした。すると不思議なことに空中に文字が浮かんだ。おばあちゃんは「こうすると書いた文字は消えるんですよ」と空中の文字を手で払う様に消した。


(凄い! 何これ!? ファンタジー!)


「大きなお世話かと思ったんですが、お嬢様がお持ちになれば色々と便利になるかと思いましたの」


(私が話せないから……)


おばあちゃんの手を両手で包み、有難うの気持ちを込めて笑った。

サラがお会計をしてる間、私は店内から道ゆく人を眺めて待った。電柱も電線もない。見上げれば邪魔する高い建物もない。こんな景色初めて見た。




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