精霊たちのメサイア

43.もう後戻りはできない

43.もう後戻りはできない


震える手を、もう片方の手で押さえようとその震えは止まらない。止まるはずがない。だって押さえている手も震えているんだから。

大きな手の温もりを背中に感じた。

顔を上げると、優しく微笑むアロイス兄様と目が合った。


「心配しなくていい。 陛下とは私が話をするから、もし声をかけられたら答えるだけでいい」

「う、うん……」

「何度も言ったが、メサイアは王族と同等、もしくはそれ以上の存在となり得る存在だ。 だから堂々としていればいい」


返事をする暇もなく目の前の大きな扉が開かれた。

謁見室に足を踏み入れると、真っ赤な絨毯に足が乗った。堂々としていればいいと言われたけど、私は顔を上げられなかった。全身に感じる視線。それらは不快というより、恐ろしかった。

アロイス兄様が国王陛下と話をしているけど、私は汗ばむ手でドレスのスカートをギュッと握ることしか出来なかった。


「怖がらせるつもりで呼んだわけではない。 だからどうか顔を上げてもらえないだろうか」


おずおずと顔を上げると、眉尻を下げ笑う国王陛下と視線が絡み合う。


「レイラ嬢、まずは礼を言わせてほしい。 我が娘ジュリアを救ってくれてありがとう」

「い、いいえ! 私は私にできることをしただけです。 ジュリア殿下がお元気になられて良かったです」

「それでも私はそなたに心から感謝している」


パーティーの場で会った国王陛下ではなく、今はどちらかというと父親の顔をしている。そんな陛下の笑顔とお父様の笑顔が重なって見える。


「レイラ嬢はどんな方法で精霊たちを癒すのだろうか?」

「私は精霊たちに歌を聴かせています」

「そうか、レイラ嬢は歌を歌うのか。 突然こんな事を言って申し訳ないが、少し歌を聴かせてくれないか?」

「え……?」


陛下の言葉に固まっていると、アロイス兄様に背中を優しく叩かれた。


「メサイアである事を示さなければいけないが、今ここで無理に歌う必要はない。 また場を設けてもらう事もできるが、どうする?」


また場を設けるって事はこの緊張感をまた味わなければいけないっことよね?そんなの無理。


「少しだけですが……歌わせていただきます」


そういえばアロイス兄様の前で歌うのも初めてじゃない?そう思ったら更に緊張して胸がバクバク言い始めた。

覚悟を決めて口を開き、いつもの様に精霊たちをあやす様に歌をうたった。大きな窓から差し込む光がキラキラと綺麗で、その光景を見ていてふと口から溢れたメロディーはアヴェ・マリアだった。久しぶりに人に囲まれている中歌うせいか、唇が震える。それに合わせる様に漏れる声も微かに震える。それでも精霊たちは次々と姿を現す。

黒くなった精霊たちを癒すのは私なはずなのに、そんな精霊たちはまるで私に大丈夫だよというように寄り添い、頬や髪の毛に触れる。

歌い終わると部屋の中はとても静かで、緊張が走る。けど直ぐに歓声のような声が次々と上がり、驚いた。


「なんと! 素晴らしい!」

「我が国にメサイアが誕生したのは何十年ぶりでしょうか!?」

「これで我が国も安泰ですな!!」


そんな声がいたるところから聞こえてくる。

メサイアって他にもいるって言ってたけど、この国では私だけなの!?ん?待って……そりゃそうか……王宮で保護されてるメサイアがいるなんて話し聞かなかったもんね……。

それほど大きいわけではないのに、スッと耳に届く拍手の音。その先には手のひらを叩く国王陛下の姿があった。


「本当に素晴らしい。 レイラ嬢、今後は定期的に王宮に通い、歌をうたってもらえるかい?」

「陛下! 何を仰っているのですか!! メサイアは王宮にて保護する決まりではありませんか!!」


陛下の直ぐそばに立っている男性が凄い勢いで話すから、びっくりした。

国王陛下は静かに手で制すと、口を開いた。


「それは絶対ではない。 レイラ嬢は王宮ではなく、暮らしなれた場所にいる事を望んでいる。 私は彼女の気持ちを大切にしたいのだ」

「ですが__っ」

「レイラ嬢の心が病んでしまえば、精霊たちは怒り、その矛先を私たちに向けるだろう」


そんな事はない……と思ったけど、精霊たちは腕を組んで大きく頷いていた。ホッとして笑うと、空中にいきなりラウが現れて、慌てて抱き止めた。


「おーさまが、レーラのとこ、いろって」

「アルファが?」

「しんぱいって、いったら、レーラのとこおくってくれた」


ラウのおでこに自分のおでこをくっつけて笑うと、ラウの小さな手が私の頬に触れた。


「ふふっ、ありがとう」

「そば、いる」


ラウの温もりを感じてホッとした。この場にはいないけど、アルファにも感謝した。

色々と周りは納得いっていないようだったけど、国王陛下が半ば強引に話を進めてくれたおかげで、私は王宮に住まずに済んだ。いつも温室で歌っていると話しを聞いていたようで、王宮でも温室にピアノを置いてくれることになった。




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