伯爵令嬢のつもりが悪役令嬢ザマァ婚約破棄&追放コンボで冥界の聖母になりました
 エレナの目から涙がこぼれ落ちる。

 いったいなぜわたくしがこのような扱いを受けなければならないのですか。

 わたくしがいったい何をしたというのです。

 エレナは拳を鉄の扉に叩きつけた。

「誰か! 誰かいないのですか! わたくしをここから出しなさい!」

 お嬢様育ちの柔らかな手の皮がむけて血がにじみ出す。

 誰か助けて。

 わたくしをここから出して。

 お父様のところへ帰らなければ。

 お医者様のお薬を差し上げなくては。

 誰でもいいからわたくしをここから出しなさい。

 だが、鉄の扉はびくともせず、ただ冷たく立ちはだかるだけだった。

 扉をたたくのを止めたとき、何かの物音が聞こえた。

 ほんの微かだが、こするような、何かが這うような音がする。

 耳をそばだてると、意外と近いようだった。

 この狭い牢屋の中に何かがいる。

 カサカサ……。

 足下で何か動いたような気がした。

 鉄の錘の陰から、何か細い糸のような物が出て、ふらりふらりと揺れている。

 見ていると、少し移動しては止まり、また移動してはふらりと糸を揺らしている。

 明らかに生き物だ。

 なんですの?

 エレナは錘の裏をのぞきこもうとした。

 と、気配を察知したのか、黒い物体が急に動き始めて床を這って壁際に走り去った。

 カササッ。

 一瞬の出来事に呆然としてエレナは壁際へそっと近寄った。

 薄い体に黒光りした羽の虫がいる。

 頭の先にユラユラと細い糸をゆらしながらじっとしている。

「あら、おまえはどうしてこんなところにいるの?」

 エレナは虫に向かって話しかけた。

「おまえもこんなところに迷い込んだの? それとも、もとからここの主だったの?」

 もちろん話しかけたところで返事はないし、動きもなかった。

 頭から二本伸びた細い糸をゆらゆらとゆらすだけで、じっとしている。

 エレナも思わぬ同居人と向かい合ってじっとしていた。

「おまえ、名前はなんて言うの?」

 もちろん虫が返事をするわけがないことくらい分かっている。

 ただ、今はこの虫だけが話し相手なのだ。

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