愛がなくても、生きていける
◆いつか
人は時折、花に例えられることがある。
気高く美しい花。
可憐で儚い花。
ならば私はきっと、道端の小さな花。
名前のひとつも、わからないような。
毎日朝から晩まで、ひたすら人が行き交う新宿の街。
この街の人々は他人に触れぬように、交わらぬように、時にはぶつかってもそれすら気に留めず歩いていく。
いつもそんな流れにうまく乗れず、つまずき俯いてしまう私は、この街が少し苦手だ。
「すみません、店員さん」
新宿駅から5分ほどのところにある、名の知れた大型書店。1階から8階まで、幅広い種類の本を揃えた都内随一の品揃えを誇っている。
その中の1階フロアで本を数冊抱えて歩いていると、ひとりの年配の女性に声をかけられた。
「はい、どうかされましたか?」
「園芸関係の本はどの階かしら。お店が広くてどうも見つけられなくて……」
困った顔でたずねた女性に、私は壁に掲示されている各階のマップを指さしながら答える。
「園芸関係でしたら6階フロアの奥、趣味実用関係の棚にあると思いますよ」
「そうなの!ありがとう、お仕事がんばってねお兄さん」
女性は嬉しそうに微笑み、エレベーターのある方向へと向かって行った。
……けれど、ひとりその場に残った私は、複雑な気分だ。
なぜなら私は『お兄さん』ではないから。
お兄さんって……自然に間違えられるとちょっとショックだ。初めて言われたことではないけれど。
柱についたミラーに映った自分は、暗い茶色のショートカットに、制服のワイシャツ、緑色のエプロンと黒色のスキニーパンツ。
メイクはほぼしておらず、主張のない薄い顔。
肉感のない薄い身体に、平均より少し高めの身長をしたこの見た目ではたしかに異性に間違えられても仕方ないのかもしれない。
そんなことを考えていると、背後からドンっとなにかがぶつかる。
「あっ」
その衝撃で前によろけ、抱えていた本が散らばってしまう。