白豚王子育成計画〜もしかして私、チョロインですか?〜
 彼の顔がゆっくり近づく。嫌悪感なんて一つもない。私が育てた、理想を超えた王子様とのキスを、拒否る理由なんて一つもない。彼の吐息がかかり、私の目を閉じて、いよいよという時、

「やめて」

 私は思わず、顔を背けていた。
 なんだか怖くて。いつものエドじゃなくて。私の罪悪感がそんな彼を拒んで。

 とっさに出た否定に「しまった」と気付くよりも前に、エドは離れてしまっていた。

「そっか……そうなんだね」

 はははっ、と彼が乾いた笑い声を発する。

「わかった。もういいよ、リイナ」

「エド、聞いて! 私は本当にエドのことが――」

 私は立ち上がり、彼の左手を掴む。その上から彼の右手が優しく触れたと思いきや、

「ごめんね、リイナ。もう帰っていいよ。そしてしばらく会うのをやめよう」

「私が悪いの! 今はちょっとビックリしただけで、私は――」

「王子の僕が帰れって言っているんだ。その意味、わかるよね?」

 真顔で発せられた言葉と、剥がされた私の手。

 ――あ、ダメだ。

 思い知らされる。何を言っても、私の言葉は届かない。

 ――あ、違う。

 だけど、すぐに思い直す。始めから、私は彼に想われる資格がなかったのだ。

 私は器だけ『リイナ=キャンベル』の、住む世界もまるで違う赤の他人なのだから。
 こんな素敵な人に恋をして。優しくしてもらえただけ、死んだ後の素敵な夢物語だったのだ。

「わかり……ました……」

 本当は「夢を見させてくれてありがとう」と感謝と述べなければならない。
 本当は「今まで騙してごめんなさい」と謝罪をしなければならない。

 でも私が『リイナ=キャンベル』じゃないと認めた時、本当にこの夢は終わってしまうから。まだその覚悟が全然足りていないから。

 ズルい私は俯いて、彼の横を通り過ぎる。

 せめてこの場で泣かないように。
 彼の好きな『リイナ=キャンベル』の流す涙で、彼が罪悪感に苛まれないように。

 私は歯を食いしばって、優しい大好きな彼の部屋から立ち去った。


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