スイレン ~水恋~
1ー1
今日という日を。あたしは人生史上もっとも恐れてた。天変地異でもなんでもいいから、綺麗さっぱり水に流し去ってくれれば良かったのに。(どいつ)悪魔(こいつ)も役立たず!

(あずさ)お嬢、車の用意ができました」

「・・・・・・嫌。やっぱり行かない」

(わか)の式にお嬢が出なくてどうするんです」

「妹が出なくちゃいけない法律なんか、どこにもないでしょうっ」

「お嬢がいなかったら若が悲しむと思いますがね」

「うー、志田(しだ)のバカぁ!」

「行きますよ」

そう言って世話係だった志田が手首を掴み、あたしをソファから引っ張り上げた。

本当ならお振り袖なんだろうけど、『いかにも』みたいなのが嫌で。裾の広がったサテン地にレースを重ね合わせた、エレガントな黒のドレスを選んだ自分。髪も知り合いのヘアメイクさんに来てもらって、どこからどう見ても、これから結婚式に出席しますって出来映え。

そう。あたしがこの世で一番愛してるお(にぃ)が結婚する。同じ櫻秀会(おうしゅうかい)傘下のフロント企業社長の娘と。ああイヤ。絶対イヤ。お義姉さんなんて死んでも呼びたくない。あたしにはお兄だけでいいんだから!
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