イノセント ~意地悪御曹司と意固地な彼女の恋の行方~
嫌なものは静かにやってくる

怪しい客人

平石建設に勤めるようになって、萌夏の生活は一変した。
規則正しく起き、仕事をし、夜は遥の住むマンションに帰ってくる。
この当たり前の生活が穏やかな時間を与えてくれた。

毎日ではなくても遥のために夕食を用意したり、季節に合わせた模様替えをしたり、週末に時間があれば二人で散歩に行くこともあった。
この生活に慣れてはいけないと思いながら、萌夏は幸せを感じていた。


就職して1ヶ月。
平石建設での業務の流れも理解し、伝票処理だって電話応対だって今では難なくこなせる。
それに、平石建設くらいの大企業になると色んな人間が出入りする。
そんな来客のたびにお茶出しをするのもアシスタントの仕事。


トントン。

「はい」

部長の声を確認してからドアを開けお客様にお茶を出す。
毎日のようにこなす業務ではあるんだけれど、

「ありがとうございます」
にこやかに返された笑顔。

その人は初めてのお客様で、新規の取引先と聞いていた。

30代後半の、いいスーツを着たお金持ち風の人。
でも、お茶を出しペコリと頭を下げながら、萌夏は嫌な予感に襲われた。

この人、怪しい。
きっと裏がある。

人はみな裏と表があるものだと思う。
すべてをさらけ出している人なんていない。
でも、目の前の男性は違う。
明らかに悪意があって、何かを企んでいる。

言いようのない不安を感じながら萌夏は会議室を出た。
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