私があなたを殺してあげる

 その日から私は考えた。どうすれば智明はあの父親から解放されるか、苦しまずに生きられるか、幸せになれるのかを。

 もし今、この現実から逃げ出しても、それはひと時のこと、すぐに父親に見つかり、また背負わされるだろう。そもそも親子の縁は切れない、よってどこへ逃げようが、血の繋がりが智明を苦しめるだろう。


 それに智明は母親を置いては絶対に逃げない。だったらここでじっと耐えて、来るかわからない幸せを待つしかない、働いて借金を返し終える日を待つしかないんだ。


 けどそんな時を待っていたら智明の体が壊れてしまう、死んでしまう。
 苦しんだあげく、死んでいくなんて悲しすぎる。


 まてよ・・・ 死んだら楽になれるのか・・・?

 私の脳裏にふと『死』という文字が浮かんだ。


 あかんあかん、私は何を考えてるんや!

 しかしそれくらい本当に良い案はなかったんだ、それだけが確実に逃げられる方法だから。


 けどそれは辛すぎる・・・


 ドラッグストアで笑顔を絶やさず働く智明、スナックで笑顔を絶やさない父親、私は毎日それを見ている。一体私は、何を見せられているんだ? 何かの試練なんだろうか? と思うくらい胸が苦しく、えぐられるようだ。



 私がこうして考えるのも空しく、それからも浅尾さんは智明を苦しめ続けた。智明をめいいっぱい働かせ、更にお金を借りさせ、借金を背負わせた。

 智明、もう無理だよ・・・ 
あなたの父親はきっと変わることはない。自分が一番で、自分が正しいと思っている、父親を変えることは不可能だ。


 だったらどうする・・・? 
 どうすればいい・・・

 私はキッチンに置いてある包丁を見た。


 智明をこの現実から解放できる手段はもう、一つしかない・・・


 私はその包丁を手に取り、強く握りしめた。


< 49 / 56 >

この作品をシェア

pagetop