あまいお菓子にコルセットはいかが?
5.第二王女の憂鬱
 白い城壁に赤い屋根のトルテ城を見上げ、コレットは喉を鳴らす。

「イチゴタルト、イチゴパフェ、イチゴのムース……」

 鮮やかな赤の三角屋根が、イチゴに見えて仕方のないコレットである。

「ちょっと、しっかりしてちょうだい。あなただけが頼りなのよ」

 向かいに座るカロリーヌは、意識を飛ばしがちなコレットを窘める。植物園で城の公共施設の良さに味を占めた二人は、連日図書館や庭園に足を運んでいた。そしてそのせいで、とんでもない話が舞い込んだのである。

「第二王女殿下の話し相手に、子爵令嬢(わたし)伯爵令嬢(あなた)に声掛けするなんて、ジェラト公爵子息様は一体どういう感性の持ち主なのかしら。一度問いただして差し上げたいわ」

 話を聞いたとき、コレットもカロリーヌと同じことを思ったものだ。
 だがしかし、お世話になりっぱなしのフランシスからのたっての願いでは、断れなかったのである。

「ごめんなさい。きっと一度きりだろうし、無難に乗り切るのに協力してちょうだい」

「もちろんよ。これでも気難しい顧客の相手は何度か経験があるわ。さっさと済ませてしまいましょう」

 なんとも頼もしい友人である。コレットは少し息を吐くと、これから向かう先を思って肩を落とした。

 トルテ国第二王女のレティシア・ド・トルテは、アマンド国から輿入れした第二妃の産んだ姫である。幼少期から体が弱く、それを理由に第二妃の母国であるアマンド国で長らく療養生活していたため、その姿は広く知られていない。

 ある日、療養生活中の妹姫に会うため、第一妃の産んだ第一王女のアガットがアマンド国へと見舞いにいったところ、かの国で運命の出会いを果たしたのである。
 第一王女のアマンド国への輿入れが決まると同時に、体調はすでに改善したとして第二王女はトルテ国へと帰国となった。

 ただし、それは表向きの理由であった。
 第二王女もアマンド国の誰かに見初められると、同じ国に二人も姫を送り出さねばならなくなる。それを良しとしなかった国王が半ば強制的にレティシアの帰国を決めたのだった。

 帰国後のレティシアは非常に精神が不安定となり、周囲に悪態をついているらしい。
 どうにかトルテ国での生活基盤を整えようと、第二妃は年頃の貴族の娘を城に招いてお茶会を開催したのだが、ことごとく失敗に終わった。困った王妃が懇意にしているジェラト公爵家に話を持ち掛けたことで、フランシスからコレットへの打診に繋がったのだ。


「それにしても、まさか第一王女殿下のおめでたい話の裏で、そんな問題が起きていたとは、びっくりよね」

 この話を聞いたカロリーヌは、レティシアに友達を勧めたところで誰も受け入れる気はないだろうと踏んでいた。
 強制的に帰国させたのが気に入らないなら、トルテ国の誰かと仲良くする気はないのだろうと考えたのだ。

「本当にね。きっとアマンド国のお友達とお別れしたせいで、寂しい思いをされているのでしょう。私達でお相手できるとよいのですけど」

 コレットは、一人帰国したレティシアに同情していた。仲の良い友達というのはそう簡単に見つかるものではない。
 もし、コレットやカロリーヌと気が合わなくても、他に仲良くなれる令嬢が早く見つかることを願ったのである。

「私、コレットのそういう、お人好しで勘の鈍いところ、気に入っているわ」

「褒められた気がしないのだけど」

「褒めてないもの。好きって言っただけよ」

「……ありがとう。好意として受け取っておくわね」

 話し込んでいるうちに、馬車は城の入り口前に停車する。降りると、待機していた侍女に案内されて、噂の第二王女のお茶会の会場に足を踏み入れたのである。

 通された部屋は、アマンド国の文化をふんだんに取り入れ、黄金を基調とした調度品に、明り取りの異国風のランプが天井から吊るされている。絨毯やクッションは深紅や深緑、茶色といった原色で派手に仕立てられ、失敗すれば下品に見えかねないそれらは、見事な調和と世界観を演出していた。

 トルテ国は、冬に雪が降ることにちなんで白を基調としたパステルカラーを好む文化が根付き、アマンド国の嗜好品文化とは正反対であるため、二人はその見慣れない部屋に目を瞬かせた。

 奥のカウチソファーには、腰まで深くスリットの入ったワンピースを身にまとい、裾がふんわりと広がったズボンに、金色のローヒールシューズを履いた少女が一人本を読んでいる。手には連珠の金の腕輪を何重にも重ね、頭にはベールを纏っていた。

「アマンド国の正装よ」

 横からカロリーヌが小声でつぶやく。
 コレットとカロリーヌのことを無視し続ける主催者が、本の頁をめくるとシャラシャラという音が静かな部屋に響くのだった。
 装飾品以外にも服に縫い付けられたコインが、動くたびに音を鳴らす。

 ――長らくアマンド国で療養生活を送っていた、第二王女レティシア・ド・トルテ

 彼女が話しかけてくれるまで、コレットとカロリーヌは待ち続けた。

「――ずっとそこに立っているつもりなのかしら?」

 レティシアに話しかけられ、コレットは意を決して口を開く。

「本日はお招きいただきありがとうございます。私はシルフォン伯爵家のコレット、こちらは私の友人で、ショコル子爵家のカロリーヌでございます」

 自己紹介を済ませたなら、ひとまず役目を果たせたといえるだろうか。
 このまま出て行けと言わんばかりの雰囲気は、さすがのコレットでもしっかりと感じ取っていた。

(でも、テーブルにお茶会の準備はされているのよね)

 机の上には、珍しい形のポットに()の付いていないティーカップが置かれている。お菓子(ドルチェ)は初めて見るものばかりで、砂糖をまぶしたものや、白い四角いものが目に入った。

 テーブルに気を取られつつ、どうしたものかと悩んでいるコレットに、目線を本から一切外さないレティシアは言い放つ。

「わたくし友達とか作る気はないの。でも、あなた達の立場もあるだろうから、適当にお茶を飲んで時間を潰してから帰ってちょうだい」

 つっけんどんな物言いに、けれどコレットもカロリーヌも素知らぬ顔で、空いている席に着く。

 その二人の行動に、レティシアは少しだけ目線を向け眉根を寄せたのだった。
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