あまいお菓子にコルセットはいかが?
1.オフシーズン
「はっ! はっ! はっ! はっ!」

 農村風景の広がるシルフォン家の領地。カントリー・ハウスの目と鼻の先にある小山をガンガンに歩き回るコレットの姿があった。

 ボンネットに、ローヒールの編み上げブーツ。薄手のワンピースを身にまとった彼女は、侍女のミアを引き連れて毎日午前中に三時間ほど、この日課をこなしていた。

 ハイヒールの踵をへし折り、最愛の婚約者であるジルベールと気まずい思いをしたあの日、コレットは弟アンリの悲劇に自分の将来を重ねた。
 このままではジルベールに愛想を尽かされると思った彼女は、シーズン中の外せない舞踏会や茶会を済ませると、すぐさまシルフォン家領地へと赴く。
 そして領地のカントリー・ハウスに勤める家人、メイドたちに向かって、こう宣言した。

「私、ダイエットしますわ。みんな協力して頂戴!」

 コレットもアンリも、周囲の好意は全て受け取ることを正とし、その結果自分たちの体が大きく育つことを問題視していなかった。
 だがしかし、弟アンリが婚約者と悲惨な結末を迎えたことで、自己管理という大切な考え方を知ったのだ。

「私は、そうね。スレンダーな体型のミアと同じ食事を摂ることにします。それから午前中は領地の山を歩いて、午後は乗馬なんかどうかしら?」

 コレットは、次々と計画を立て、周囲を巻き込みダイエットを始めようと試みる。
 もちろん、初めから上手くいきはしない。特に姉弟を甘やかし続けた家人やメイドは、コレットの計画に難色を示す。

「主人が家人と同じ食事内容など、とんでもございません!」
「散歩ならお庭で花を愛でながらなさってはいかがですか?」
「乗馬ではなく、刺繍や読書をお勧めいたします!」

 そう意見する周囲に、コレットはアンリに起こった不幸を説明し滾々(こんこん)と説き伏せる。
 優しく朗らかなコレットの変貌ぶりに、シルフォン家は一時騒然となった。

「とにかく、わたしはジル様のために痩せたいのです! みんな協力してくださいますね」

 そう締めくくられれば、最後には拒否する者は一人もいなくなったのだった。





「はっ! はっ! はっ! はっ!」

 あれから四ヶ月が過ぎ、コレットはその体を見事に変貌させていた。
 以前のコレットは、着る服の全てが店頭に取り扱いの無いサイズで、全てオーダーメイドするしかなかったのだが、今では、店頭で購入可能な高級既製品(プレタポルテ)を着こなせるまでに細身になった。
 腰にはくびれが生まれ、浮腫みはなくなり、背中に羽が生えたように軽いことにも感動していた。

(普通、貴族令嬢はフルオーダーメイドを尊びますけど、私には高級既製品(プレタポルテ)のサイズが入ることが奇跡なのですわ!)

 毎日山を歩き回るので、オーダーメイドの高価な服では思いっきり運動できない。
 それにサイズダウンしてもすぐに買い替え可能で、オーダーメイドよりも安価な高級既製品(プレタポルテ)は、この上なく魅力的であった。

「お嬢様、コレット様! そろそろ昼食の時間ですから戻りましょう」

「はーい! お昼ご飯は何かしら。たのしみだわ」

 食べる量は減ったが食べることが大好きなコレットは、今では一日三回まで減ってしまった貴重な食事の時間に胸を躍らせながら、シルフォン家のカントリー・ハウスへと戻っていったのだった。

 ◇◆◇◆

 午後、昼食を終え、サロンでミアの淹れた紅茶を片手に、コレットは弟のアンリから届いた手紙を読んでいた。
 紅茶から立ち昇るバニラの香りは、甘味への欲求を誤魔化してくれる一品である。

「ふふふ。アンリったら、痩せたのが余程嬉しいみたい。早く私に見せたいと、また書いてあるのよ」

「それは、喜ばしいことでございますね」

 領地にて減量に成功したコレット同様に、アンリもまた軍の厳しい訓練に身を投じた結果、自慢したくなるほどの変貌を遂げたようである。

「最初の三ヶ月は家族にも連絡を寄こさなかったから心配したけど、充実しているようでなによりだわ」

 入隊当初、どうやらアンリはその体型を理由に大多数から距離を取られる厳しい状況に置かれたようだった。そんなアンリに一人の上官が目をかけてくれたらしく、彼は数か月で周囲に馴染めるまでになっていった。
 家族に啖呵を切って出て行った手前、結果が出ていない内は帰れないと思ったらしく、軌道に乗ってからようやく家族に手紙を書いて寄越したのだった。

「上手くいかないことを知られたくなかったなんて。相変わらずの完璧主義なんだから」

 しっかり者で、目的意識が高く自分に厳しい、弟らしい行動だった。
 だからこそ、あの婚約解消はアンリにとって耐えがたい苦痛を与え、彼の人生を大きく変えるきっかけとなったのだ。
 そんなアンリの性格を知っていたからシルフォン家伯爵夫妻は決心の固まった息子の希望を、渋々ではあるものの受け入れて見送ったのである。

「アンリに良くしてくれた上官――ジェラト公爵子息のフランシス様から、舞踏会の招待をされたみたい。アンリにはパートナーがいないから、私と一緒に出席してほしいのですって。――どうしましょう」

 あと一ヶ月もすれば、舞踏会シーズンが始まる。
 本当は最初にジルベールにこの姿を披露し、一緒に舞踏会へ参加したかったコレットである。

(でも、最近ジル様からお手紙が来ないのよね。もう少ししたら今シーズンに参加する舞踏会の連絡が来るはずだけど……)

 ハイヒール事件の後、特に事情を説明せずに領地に戻ったコレットの元には、心配したジルベールからたくさんの手紙が届いた。
 ついでにオフシーズン中の旅行やお出かけの誘いもあったのだが、コレットはこれを断腸の思いで全て断っていた。
 その結果、だんだん手紙の頻度は減っていき、今月に入ってからはまだ一通も届いていない。


「――大切な弟が、とてもお世話になった上官の招待ですもの。喜んで参加しなければと思うのだけど、どうかしら?」

「はい。ぜひ、アンリ様のためにも参加するのが望ましいと存じます」

 ミアの言葉に頷くと、コレットは参加の返事を出した。
 もしジルベールから同じ日にパートナーの打診があったなら、断ろうと決めたのだった。
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