あまいお菓子にコルセットはいかが?
8.コルセットとドレスの魔法
 チラチラと雪が舞い降りてくる。もう少しすればトルテ国は薄っすらと雪化粧する季節に入るのだ。
 その期間は一ヶ月ほどと短く、毎年の積雪は数センチほど積もる程度である。

 コレットは、先日のガーデンパーティの件を第二王女レティシアに相談するため城を訪れていた。まずは、今ではすっかり定着した軍への差し入れを受付係に手渡す。

「お願いですから、お仕事の邪魔にならないよう業務終了後に手渡して下さいませ」

 そう受付係に念を押す。彼がフランシスやアンリにすぐ報告に行くので、どちらかが気を利かせて出向いてくるのだ。アンリだけに伝えても、何故かフランシスも一緒に出向いて来る。できれば今は顔を合わせたくないので、念入りに頼み込んだ。

「分かりました。いつもありがとうございます。この間のフィナンシェ、とても美味しかったです」

「ありがとう。我が家のシェフに伝えておきますね」

 差し入れを済ませると、城への道をゆっくりと歩いていく。吐く息は白くコレットは寒さに背中を丸める。

「お嬢様、姿勢が悪くなっています。しゃんとしてください」

「だって寒いのよ。着込んでも寒いなんて拷問だわ」

「これが、普通でございますよ」

 コレットは、今は亡き脂肪に思いを馳せた。

 ミアと二人でレティシアの待つ部屋へと向かう。
 カロリーヌは追い込み期間に入ったとかで、次に会うのはお披露目会前日の夕方だと宣言した後、音信不通になってしまった。多忙になるとよくあることなので、コレットはあまり心配していない。


 通された部屋では、今ではすっかり見慣れた融合ドレスを身に着けたレティシアが嬉しそうに出迎えてくれた。
 身に着けているカロリーヌが仕立てたダンス用のドレスは、トルテ国のドレスパターンにアマンド国のモチーフや文様の刺繍で彩られていた。

「ごきげんよう、レティシア様」

「いらっしゃいませ、コレット姉さま。寒かったでしょう? 今暖かいお茶を出しますね」

「今日はレティシア様にお願いがあってまいりましたの」

「まぁ! わたくしにですか? どのようなお願いでしょうか」

「実は先日参加したお茶会で――」

 話を進めるとレティシアの顔はどんどん曇っていき、終われば目に見えて意気消沈してしまっていた。
 レティシアも当時のお茶会で態度が悪かった自覚はあるのだが、できれば金輪際悪態をついた令嬢たちに会いたくないと言うのが彼女の本音であった。

「そういう訳にいかないことも、レティシア様は理解されていますよね」

「そうですけど。でも、今さら……」

「相手のことを心から思う必要はありません。何事もなかったかのように笑って挨拶すればいいのです。貴族の挨拶で十分ですよ」

「……みんな、許してくれるかしら」

「相手方も許してもらえないかもしれないと悩んでいます。それに、互いに滅多に会わなければ、最後の印象が残りますから。前回のお茶会の印象をお披露目会のあいさつで上書きしてしまえばいいのです」

 そうしてリセットした印象のまま、オフシーズンを過ごして来シーズンに顔を合わせたなら、そこからどういった関係に進展するかは互いの心次第である。

「そういうことなら、頑張れると思います」

 レティシアが納得してくれたことで、コレットは肩の荷が下りた。この件は早いところ水に流さないと関係者全員にとって良いことが一つもないのである。

「お披露目会、楽しみですね。ところでダンスは上達しましたか?」

「うっ。実は苦戦しています。ですが、姉さま達とお揃いのドレスを着て楽しむために、わたくしは最後まで全力を尽くしますわ」

 高らかに宣言された内容に、そうじゃないと突っ込みたいコレットである。だが、今レティシアのやる気をそぐのは得策ではないので、何も言わないでおく。

「カロリーヌも、ムキになってドレスを仕上げているようですから、当日はいろいろありそうですね」

「カロリーヌお姉さまの本気に恥じぬよう、精進しなければなりませんね!」

 どこまでも、レティシアは自分の婚約者選びに興味が無いようであった。


 レティシアのダンスレッスンの時間に合わせて、コレットは彼女との話を切り上げた。元来た通路を歩いていると、遠くを歩く一人の男性に目が釘付けになる。

(あんなに遠くを歩いているのに、一目で誰か分かってしまうなんて、思った以上に重症ね)

 かつての元婚約者のことも、どんなに遠くからでも、その姿が現れた瞬間に見つけていたことを思い出す。
 向こうも気づいたのだろう。すぐにこちらに向かって歩いて来てくれた。

「こんにちは、コレット」
「ごきげんよう、フランシス様」

 フランシスの服装は、軍の制服ではなく動きやすい軽装といった出で立ちだった。

「さきほど受付係から、差し入れがあったと聞きました。いつもありがとうございます」
「まあ、お礼など不要です。アンリがお世話になっていますから」

 受付係はコレットとの約束をあっさりと破り、さくっと報告したらしい。そんな受付係の裏切りよりも、コレットはもっと気になることがあった。フランシスの服装である。

「フランシス様は、もしかしてレティシア様のダンスレッスンに参加されるのですか?」
「ええ、よくご存じですね」

「――たまたま、耳にする機会がありましたから。では、もしかしてファーストダンスもフランシス様が?」

「そう――なりますね。指名がありましたから」

 あのガーデンパーティでの会話が頭の中で反芻され、否応なしに心がざわつきだす。先ほど自覚した恋心は、今も勢いよく育ってしまっているようだった。

 ――取り乱して悟られたりして、幻滅されたくない。

 コレットとフランシスの間柄は、会えば挨拶して会話を楽しむ程度なのだ。フランシスにとっては簡単な贈り物をする、良くて親しい友人くらいだろうか。居心地の良い関係で、互いに良い印象なのだから、それを大切にしたかった。

「――実は先ほどまで、レティシア様とお茶会をしていましたの。彼女とてもお披露目会を楽しみにされていましたから。ダンスは苦戦していると言っていましたが、フランシス様がパートナーであれば、きっと当日は上手く踊れますね。私、安心しましたわ」

 少し早口でしゃべると、胸を撫でおろし安心したという態度でコレットは笑顔を見せる。

「コレット、少し話をする時間が欲しいのだが、予定を聞いてもいいだろうか?」

「――そろそろ雪が積もる時期ですから、実はしばらく外出を控えようと思っているのです。お披露目会で、もしお時間が合えば、その時にお話ししましょう」

 もう少しだけ時間が欲しかった。心を整理する時間が必要なのだ。諦めるにしろ伝えるにしろ、今のコレットには全てが突然すぎて、思考が追いつかない。だから、次に顔を合わせるそのときまで良い印象でいられるように、とびきりの笑顔を作ったのだった。
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