アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

王都・セイフォート

「身体に気をつけて」
「はい。先生も。今までありがとうございました」

 王都に帰還する日、移送車ーー見た目はオルキデアたちの車と同じである。の前では、アリーシャを保護した時から治療していた医師と、すっかり怪我が治ったアリーシャが握手を交わしていた。

 医師本来の所属は、この国境沿いの基地であった。
 軍事施設跡地で怪我した兵や、保護した捕虜の治療の為に、オルキデアの部隊に同行してもらっていた。
 そのまま、成り行きでアリーシャを任せていたが、この医師がいなければアリーシャの食事に薬が盛られていたことに気づかず、盛られた薬の特定にも時間がかかったことだろう。

 本来の仕事以上をこなしてくれた報酬として、オルキデアが個人的に金を渡そうとしたが、それはアリーシャに使って欲しいと、固辞されたのだった。

「うちには息子しかいませんが、女子は何かと入用と聞いています。アリーシャ嬢に使って下さい」
「アリーシャに?」
「アリーシャ嬢にも必要でしょう。着替えや女性用品が。まさか、ずっと手術衣や男性捕虜用の服を着せている訳にもいきませんし」

 オルキデアは忘れていたが、アリーシャはこの基地で唯一の女性捕虜だった。
 ペルフェクトは女性は軍に入れないので、女性用の軍服は存在しない。
 あるとすれば、捕虜用の作業服だが、この基地には長らく女性捕虜がいなかったこともあり、女性捕虜用の作業服が備えられていなかった。

 とりあえず、アリーシャには男性捕虜用の作業服で一番小さいサイズを着てもらっていたが、小柄な身体にはそれでも大きかったようだ。
 執務室を片付けてもらっていた時、彼女が上着の袖や、ズボンの裾を幾重にも折り返していたのを思い出す。
 王都に着いたら、女性捕虜用の作業服を早急に用意すべきだろう。

 下着についても、最初から身につけていた物を繰り返し使わせるのは衛生上どうなるのかーー女性物の下着の備えもなかった。という話になり、医療スタッフが近くの村から譲り受けてもらったらしい。
 女性用品についても、同じように譲り受けてもらったそうだ。

 それならせめて、その際に支払った代金だけでも支払う、と提案したが、こちらは経費で落としたので問題ないと、やんわりと断られたのだった。

(アリーシャに使えと言われてもな……)

 アリーシャは他の捕虜とは違って訳ありではあるが、特別扱いする訳にもいかない。
 いかないのだが……。

「少将?」

 アルフェラッツからの報告を聞きながら、無意識にアリーシャを見ていたようだった。
 アルフェラッツに指摘されて、それに気づいたオルキデアは、慌てて視線を部下に戻す。

「ああ。すまない。出発の用意が出来たんだな」
「はい。私は部下を二人連れて、アリーシャ嬢と同じ車に乗ります」
「わかった。アリーシャの車の前後を他の車で守ろう。後ろの車には俺が乗る」

 先頭から数台挟み、アルフェラッツが同乗するアリーシャを乗せた移送車、更にその後ろにオルキデアが乗った車が続く。

 オルキデアが乗る車の後ろにも、部下が乗った車が数台が続き、もし敵軍の襲撃に遭っても、アリーシャを守れるように配置したのだった。

 アルフェラッツは敬礼すると、医師と話すアリーシャの元に向かう。
 まだ名残惜しそうなアリーシャを説得して、車に乗せたのだった。

 移送車の後部座席はら向かい合わせの六人掛けとなっており、シートの真ん中にアリーシャを座らせて、その両側をアルフェラッツの部下が座る。
 アリーシャの向かいには、アルフェラッツが座り、逃亡など不審な様子を見せた時に、すぐ対応出来るようにしたのだった。

(到着まで、アリーシャに買い与える物でも考えるか)

 ここから王都まで、車でも半日はかかる。
 今から出発しても、王都に到着するのは、夕方になるだろう。

(そうだ)

 オルキデアはあることを思いつくと、車に乗り込もうとしていたアルフェラッツを呼ぶ。

「お呼びですか。少将」
「アリーシャのことで頼みがある。協力してくれないか」

 そうして、驚くアルフェラッツに対して、一つの頼み事をしたのだったーー。

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