未来の種
「…わかりました。
寿貴先生、宜しくお願いします。
あ、私、一泊分の着替えしか用意がないんですが…」

「大丈夫だよ。うちは病衣もアメニティも、全てに至るまで準備があるから、手ぶらで入院出来るんだ。心配しないで。」

そう言って、寿貴先生は優しく微笑んでくれた。安心感を与えてくれるお医者さんの顔だ。

相手もいないのに不妊治療か…。
でも、やれるだけの事はやるべきだ。
こうやって、時間を作ってくれるその道のエキスパートが、有り難くもそう言ってくださっているのだから。
それに、私のために産婦人科医になった昇平のためにも…。

子宮奇形、と言われてから母親に相談出来なくなった私は、医師国家試験に合格したばかりの昇平に相談することにした。秘めているには辛すぎて、誰かに聞いて欲しかった時に昇平がそばにいてくれたのだ。
私から相談を受けた昇平は、守秘義務を守って自力で色々と調べてくれた。それこそ、文献を読みまくって、発表される論文には全て目を通して…。
そんな中で、桜川寿貴先生という、不妊治療の研究でかなりの頭角を表している若いドクターの存在を知った。そして、いつの間にか傾倒していき、自身もその道に進む決意をしたのだ。だから、少なからずどころか、私の病状が昇平の進路に影響することになったのは間違いない。
偶然が重なり、その憧れの寿貴先生に指導を受けられることになったのは、昇平にとって本当にラッキーなことだったらしい。
そう言ってもらえると、責任を感じていた私には救われる思いだった。

こうして、この年末年始を利用して、私は手術を受けることになったのだ。



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