この世界の魔王はツンでクールな銀髪美少年だ
序章・魔王ヴァルシュ
「……で? 自分たち王族の頭の悪い政策で国が傾いたのを魔王()のせいにして、わざわざ異世界から聖女まで召喚したわけ? 僕を倒すために?」

 静寂の夜の月光を紡いだような銀糸の髪。空と海、この世界の全ての青と碧を集めたって再現できないであろう美しい瞳。
 銀の睫毛に縁取られたその瞳が、絶対零度の冷たさで魔王討伐のために魔王の城に乗り込んだ王子一行を見下ろす。

 蒼さすら感じさせる白い肌。ツンとした形の良い鼻。嘲るように歪んだ紅い唇。作り物めいた美貌の少年の姿をした魔王ヴァルシュ。
 そんな彼が身につける衣は、魔王だと言うのに人間の聖職者が着る白い衣装にそっくりだった。
 天使めいた容貌に服装も相まって、煌めくステンドグラスを背に玉座で足を組む彼の姿は神々しさすら感じさせる。

 真実を指摘されて屈辱に顔をどす黒く染める王子(人間)の方が彼よりよほど禍々しい。

「なに? その酷い顔。ああ、やっぱり図星なんだね。──まったく、これだから嫌いなんだよ人間なんて」

 言葉と同時に凄まじい圧迫感が周囲を覆い、王子が呻きながら膝をつく。日々肉体を鍛え上げていた屈強な戦士も、この国最高位の魔術師も。座ったままの魔王が放つ肺まで凍りそうな冷たい空気に指一本動かせなくなっていく。

 しかし。
 その凍てついた玉座の間でたった一人。
 震えながらも魔王の魔力に屈しない人間がいた。

 大国ピエレオスに異世界より召喚された聖女、リノだ。

 彼女は七色に輝くオーブが飾られた『聖女の杖』を抱え懸命に魔王を睨み付ける。細く華奢で頼りない杖だが、それでも何にもすがらないよりマシだと、自分を奮い立たせていた。

 肩下でゆるく曲線を描く茶色の髪。黒に近い焦げ茶の瞳。白い薄絹の聖女のローブに包まれた乳白色の肌。
 色彩自体はこの世界の人間と変わらないが、今この場で動けていることが彼女が異世界人(聖女)である何よりの証だ。

「……へぇ? 僕の魔力の中で立っていられるなんて、やっぱり異世界人は特別なんだ」

 興味をひかれた魔王が立ち上がり長く伸びる赤い絨毯の上を進む。一歩一歩。魔王が近づくごとに。重く濃くなる瘴気がリノの身体を包んでいく。呼吸が、苦しくなっていく。

 それなのに近づいてくる少年の姿は思わず崇拝してしまいたくなるほど美しかった。この美しさこそ、この世界の魔物全てを統べる王の力なのではないのかと思うほどに。

「ふぅん……。見た目はこの世界の人間と変わらないのにね」

 リノの正面に立った魔王が少し低い目線から血の気を無くした彼女の顔を観察した。
 女性であるリノよりも小さな少年の姿をした魔王。

 目の前の少年を倒せばこの世界は平和になるのに。自身も元の世界へ帰して貰えると聞かされていたのに。聖女の役目を果たそうとするのに。
 魔王の華奢な身体から発せられるこの場を支配する殺気に、彼を封印するための呪文が言葉にできない。

「むしろ平凡? どこにでもいそうな顔。わざわざ僕を倒すために異世界から召喚された『聖女』って言うからどんなものかと期待していたけど……」

 リノの杖を持つ手がますます震える。
 気丈にも魔王を睨み続ける彼女だが、王都から魔王城まで旅をしてきた仲間たちからは聖女はいつ気を失ってもおかしくないように見える。

「普通、聖女ってもっと美しい乙女を呼ぶんじゃないの? ちょっと無理がない? まぁ傾いた国の頭の悪い人間たちじゃこの程度の『聖女サマ』を()ぶのが限界だよね」

 魔王ヴァルシュ。
 彼の前では人間たちはあまりにも無力だった。

「あーあ。今だって辛うじて立ってはいるけど、震えているだけ。君みたいなのが聖女だなんて、ガッカリ。……うん、もう良いや。さっさっと僕の城から出てってよ」

 聖女に関心を無くした魔王が聖女と王子たち全員を城の外へ弾き出す魔方陣を描き始める。

「──だ」

 パチパチと紅い雷を伴いながら宙に現れる紋様。
 無詠唱で四人の人間を移転させる魔方陣を完成させた彼の圧倒的な力に、床に這いつくばっていた人間界最高位のはずの魔術師が悲鳴を上げた。


「……が、──だ」


 ──いや、違う。魔術師の悲鳴に混じって、低く唸る声が聞こえる。

「は、何? 何か言っ……」



 バチコオォォォォォンッッッ!!!!!!!!



 その声に魔王が眉をひそめた瞬間、リノが全力で振り抜いた聖女の杖が驚異的な速度で彼の胴体にめり込んだ。


「誰が『この程度の平凡年増聖女』じゃこのクソガキぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!!!!! 私は、まだピチピチの23歳だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」


 聖女とは思えない形相で魔王をなぎ倒したリノが咆哮する。

 え、魔王、年増とまでは言ってなくね? 正直23歳でピチピチ名乗るって微妙なラインじゃね? てか死語じゃね?

 しかしその突っ込みを口に出せる者はこの場に誰もいなかった。
 凶器を手にした聖女の怒りが恐ろしくて。


 あ、杖についてた七色のオーブが衝撃で外れて飛んでる。

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