闇に堕ちる聖女 ―逢瀬は夢の中で―
魔王の宮殿へ
 レイとレスカーテは二人共に魔王トルトゥーラの封じられたクラーテルの地下宮殿入り口に居た。目くらましの為の護符の場所を知るのはレイ一人。聖女の一族に連なるレスカーテも知らない事だった。

 いかし、護符をはずし、入り口が姿を表したとき、レスカーテは既視感を覚えた。

 夢で見た事のある光景だった。

 初めて来るはずの、さらに、護符をはずさなくては現れないはずの入り口。

 地鳴りをあげて動く岩でできた扉がわずかに隙間を作る間、レスカーテはじっとそれを見つめていた。

「レスカーテ殿?」

 目を奪われ、しばし呆然となっていたレスカーテにレイが尋ねる。

「いえ、何でも……、行きましょう」

 魔王と対峙するのは最少人数で行う事にした。もちろん、万が一の事が起きたときに勇者と聖女のどちらもが命を落とすような事があってはならないのだが、被害を最小限にとどめたいというレイの言葉にレスカーテは同意した。

 宮殿内部は静まり返っていた。

 一歩進むごとにぼんやりと灯る明かりは、元々あった宮殿に仕掛けをほどこしたのだとレイが説明した。勇者 と、世に言われてはいるが、レイの一族の最も大きな貢献はこうした仕掛けを作る技術、建築技術だったのだと歩きながら説明を受けた。

「では、あなたはこの宮殿の内部構造には詳しいと」

「図面が残っているのです」

 宮殿と名付けられながら、そこは墓所だった。

 死者の在る場所。

 図面が残っているのであれば、立体図面を書き起こしたものがどこかにあったとしても不思議では無い。レスカーテが夢に見たのはそうした記録のうちの何かだったのではないだろうか。

 レイの背を追うようにして進む、ひんやりした空気。

 ああ、やっぱり。

 奥へ行けば行くほどレスカーテは夢で見た場所と今居る場所が同じである事を確信した。

 何故自分がこの場所を知っているかはわからない。

 けれど自分はここを知っている。

 ふいに、強い風が吹き抜けた。

 天井が高くなり、吹き抜けのようになった最深部は、青白く明るく、中央にある玉座に据えられた結晶は、天井近くまで伸びている。

「……ここは……」

 レスカーテは足を止めて、中央の大きな結晶を見上げた。

 見たまま、結晶の中で眠る幼子のように膝をかかえた異形の者。波打つ漆黒の髪。二本の角。ぴくりともせずにしっかりと瞳を閉じている様子は、レスカーテが夢に見たままだった。

 メーディカと睦み合う夢とは違う。いつも見ていた夢だった。

「あれが、魔王……ですよね?」

「ええ、そうです」

 レイはレスカーテに背中を向けたまま答えた。

「私には、封印が解けかかっているようには見えませんが……」

 レスカーテは素直な感想を口にした。見たとおり、魔王は『眠っている』ようにしか見えない。

「ええ、そう見えるかもしれませんね」

 ふいに、レイが踵を返してレスカーテの腕をとった。腰を引き寄せられてレイの顔がぐっとレスカーテに近づいた。

「……レイ、殿?」

 触れそうなほどに近づいたレイの唇にひるまずにレスカーテが言うと、腰にあったレイの手がレスカーテの後頭部をがっちりと掴み、拘束する。

 レスカーテはレイの行動が理解できなかった。

 いずれは子を成さなくてはならない相手であり、行為は予定されていてはいる。だが、今、ここでそれに及ぶという事がわからなかった。

 あるいは、封印の為に必要な行為なのだろうか、ならばせめて説明が欲しい。

 体の自由を奪われながら、レスカーテは拒絶の意志を伝える為の術を探す。片腕はとられている。頭も固定されている。わずかに頭を動かしてみたが、髪に食い込むような指が拒絶を許さないといわんばかりに力を込めた。

 自由になる場所、と、息を吸ってずん! と、膝をあげると、想像もしていなかった痛みにレイが顔を歪めて手が緩んだ。

「説明して下さい!! 今あなたは何を!!」

 当たりどころが悪かったのか、うずくまり、脂汗を流すレイを足元に見ながら、強く掴まれた腕に痛みを感じていた。ちらりとみると手形が赤く残っていた。

「その、……封印の為に必要な事ならばそう説明していただければ……」

 レスカーテは場合によるとレイに恥をかかせてしまったのかもしれないと思いながら恥ずかしそうに聞いてみた。

 よく考えると、この宮殿に立ち入ってからレイの顔をまともに見ていない事にレスカーテは気づいた。だから、下から見上げるように顔を起こしたレイの瞳が、魔王を包む光と同じ色をしている事に今更気づいた。

 レイの瞳の色はこんなだったろうか。

「あなたは、……誰?」

 封印された魔王を背後に背負うようにして、レスカーテが問いかけた。

 レイが、驚いた表情を作り、ゆらりと立ち上がる。

「私は……」

 だらりとレイが右腕を差し出そうとした、その時。

 ざばあっ! と、背後から二本の腕が現れて、レスカーテの身体を羽交い締めにした。

 突然動き始めた背後の何かにレスカーテは驚き、すぐには状況判断ができなかった。

「なっ……」

 レスカーテを羽交い締めにしているのは確かに腕だった。誰のか、と、考えてぞっとする。背後から抱きしめる形になっている、見上げたところにあったのは、夢で見慣れた男の顔だった。

「待っていた……ずっと」

 生暖かい水が、レスカーテの衣を濡らす。魔王は封印されているはずの結晶からやすやすとその身を動かした。

「これは、どういう」

 レスカーテが振りほどこうとしてもがいても、力が強くて振りほどく事ができない。レイに助けを求めるべきかと一瞬視線を送ってみたものの、そこには意識を失っているのか、うつ伏せにつっぷす姿があった。

 生死のほどはわからない、しかし意識を失っているだけのようにも見えた。勇者はいったいどうしたのか。

 勇者と聖女の二人であればと油断していたのか、……あるいは、既に封印など無用になっていたというのか。

 レスカーテは魔王が体重をかけている事に気づき、重心を移動する要領で魔王を背負い、持ち上げた。レスカーテを掴む力が強かった事が幸いした。

 力を入れていたところがふいに動いたせいで、魔王は体制を崩し、そのまま前につんのめり、結果背中から石畳の上に落下した。

「……っ、ぐぁッ!!」

 魔王の体の構造が人と同じかどうかはわからない、しかし人と親しいものであるならば、一瞬呼吸を奪われたに違いない。

 そこでレスカーテは魔王に馬乗りになって、首のあたりを手にしたロッドで抑え込んだ。これも、魔王の構造が人体に近いものであるならば有効な手段であるはずだった。

 急所を押さえつけられて、呼吸がままならないのか、魔王はむせるように咳き込み、だらりと体の力を抜いた。

「どういうことだ、これは、お前が魔王トルトゥーラなのか?」

 石畳に魔王の黒い艷やかな髪がのたうつように広がる。頭には二本の角が、耳がわずかに尖っているようだが、それ以外は人と変わらないように見えた。身にまとうのは黒い長衣で、生温かい液体の中にあったせいか、じっとりと重かった。

「つれないな、聖女殿、ずっと会っていたじゃないか」

 組み伏せられながらもトルトゥーラは動じず、息が整ったのか軽薄そうに言った。

「夢の中で」

 意味有りげに微笑むそそれは、確かにレスカーテが夢に見ていた顔だった。
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