レイが頭の痛みをこらえながら目覚めた時に、レスカーテが弾かれたように身を翻す様が視線のはじにひっかかった。

 乱れた衣をかきあわせて整える様に驚いてトルトゥーラの方を見ると、トルトゥーラもあわててそっぽを向いている。

「私は……いったい……」

 周囲の状況を考えて、レイは答えを見つけた。

「レスカーテ殿……、この……事態は……」

 露見したであろう事実に青ざめたレイだったが、レスカーテは特別咎めるような素振りは見せなかった。……それどころか。

 冷ややかだった。

 レスカーテの視線はとにかく冷たかった。そして次に憐れむようになり、深いため息をついて、言った。

「メーディカは、美しいですから」

 全て知られた、と、レイは思った。

「いや、それは、……魔王が!!」

 レイはあわてて取り繕うように言った。

「魔王が、私の体を使って……ッ」

 やわらかだったレスカーテの表情がわずかに固まる。

「それはつまり、あなたの意志では無かった……と?」

 追い詰めるでなく、淡々とレスカーテは問いかけた。

 気づかれている。

 レイは焦った。

 思いを遂げた時、後ろめたさや、罪悪感、しかし、それらを上回る喜びがあった。

 美しいメーディカ、愛おしいメーディカ。いつか誰かに嫁ぐ事になるであろう妹。永遠に自分の手に入らない唯一の女が、よりによってメーディカであったという不運は、レイにとって勇者であるという責務を上回る運命の枷だった。

 だからこそ、夢の中での魔王からの誘惑は響いた。

 体を貸せ、そう、夢の中で魔王は言った。だから、あれは魔王だったのだ。自分では無いのだ。そう言い聞かせながら、レイはメーディカを抱いた。

 メーディカはレイを拒まなかった。それどころか、喜んで向かえ入れた。

 箍を失った禁忌の交わりは兄と妹を狂わせた、……否、初めから狂っていて、それを受け入れたという方が正しいのか。留める倫理を失った二人を止めるものは無くなり、幾晩も幾晩も。甘美な夢の夜は続いた。

 しかし、いつか夢は醒める。

「お兄様、私……赤ちゃんができたみたい」

 心からうれしそうにメーディカが言った。愛おしそうに、まだふくらむ気配すらない下腹部をなでさする。

 当然の帰結であるはずのもの、既にメーディカにはあった覚悟がレイには無かった。

 一方、レイが魔王に懐柔されるのと同時期に、封印の地下迷宮、クラーテルの洞窟からは不定期な地鳴りが続き、封印が弱まっている兆候を示し始めた。

 レイは当惑した。

 自身のせいで封印の効力が弱まったばかりか、勇者としての役目を果たさねばならない日が早まってしまった。

 急ぎ聖女を娶り、子を成さねばならない。だが今聖女を家に入れて、メーディカが正気を保てるだろうか。勇者の妹とはいえ、その覚悟を備えるような教育はメーディカは受けてはいない。

 今聖女を迎える事で、メーディカが敵意をあらわにする事は想像がつくし、その勢いで腹に子が居ること、それだけではなく、父親が誰であるかを口走ってしまったならば。

 夢の中で、レイは幾度となく魔王と算段を巡らせた。

 レイは既に勇者などでは無かった。魔王と同体、いや、傀儡だった。

 魔王は言った。

「聖女を贄として差し出せ」

 ……と。

 聖女を贄として差し出せば、しばらくは、……少なくとも10年は大人しくしていてやろう。というのが、魔王の申し出だった。

 10年の間、やり過ごしたところで問題は解決しない、それどころか聖女を贄に出す事で、次の封印はできないのだ。

 だがレイは考えた。代が替わればいいのだ、……と。

 今までも、そうやって代を重ねていたではないか。

 幸い、勇者の次代は居るのだ、妹の腹の中に。

 男か女かはわからない。しかし、次世代は居る。

 もう一人は何とでもなる、当代聖女は一人娘だが、係累から年回りの近いものを探せば……と。

 聖女は贄として差し出された。後はここを逃げ出して、10年後に備えればいい、そう。

 ……逃げなくては。

 レイは後ずさりしながらレスカーテと魔王から距離を置いた。

 無様だった。

 勇者と讃えられた若き当主、騎士にして、国に並ぶ者無しと讃えられた勇者レイは、魔王の姦計にはまり、禽獣の交わりにより己が妹を孕ませ、盟友であるかつての仲間の後裔である聖女を見捨てて逃げようとしている。

 あるいは、このまま魔王に挑みかかり封印を試みてはどうだろう。

 レイに別の考えが浮かんだ。

 仮に命を落としたところで、後はどうなろうとかまわない。少なくとも、死んでしまえばあらゆる悩みから開放される。

 死後、メーディカが子を産み、相手は兄だと言い出したとしても、その時にはもう自分はこの世には居ないのだ。

 あらゆる責任、あらゆる重圧。

 死によって全てから開放される。

 そんな考えがレイの脳裏をよぎる。

 幸い、帯剣したままだ。

 腰のものに手を伸ばし、存在を確かめる。

 無邪気に兄を慕うメーディカの顔が浮かぶが、今はもう、ひどく遠いもののように思えた。