闇に堕ちる聖女 ―逢瀬は夢の中で―
「私はここに残ります」

 レスカーテはトルトゥーラに寄り添うように言った。

「どういう事だ、お前の術中にはまっているのか? レスカーテは」

 レイが詰問するようにトルトゥーラに言うと、魔王は答えた。

「今の俺にそこまでの力は無いよ、俺に出来るのは語りかけるところがせいぜいだ」

「だが私を操ったではないか?!」

「操ってなど居ない、お前がそう思い込んだだけだ、お前は、お前の意志で事を起こしたんだ」

 きっぱりとトルトゥーラが言うと、しまったという顔をしてレイがレスカーテを見た。レスカーテは特に関心も無い様子で言った。

「……その事で、私はあなたに何か言う気持ちはありません、土台からして無理を強いるものだったのです、……それに、誰が誰を愛するか、私は咎める立場にありません」

 そう言いながらトルトゥーラに身を寄せるレスカーテに、レイは驚いたが、魔王の言葉を借りるならば、レスカーテは彼女の意志でそう言っているという事だ。

「ですが、世間はそうではないでしょう」

 レイは答えなかったが、ばつが悪そうに視線を逸らした。

「ですから、こうして下さい、メーディカをすぐに遠くの別荘か、人に知られない場所へ身を隠し、そこで赤子を、……私はそれに付き添った形に」

「そして、子が産まれて後、私は死んだ事にして下さい」

「お待ちくださいそれはどういう……」

「メーディカの産んだお子を私の子とするのです」

「そんな、レスカーテ、貴女は……」

「私はここに残ります」

 迷いのない眼差しだった。嫁ぐためにレイの元へやって来た時と変わらない、相手を射抜くような力強く澄んだ瞳。

 思わずどきりとするレイをトルトゥーラが睨みつける。レイはトルトゥーラの様子が変わっている事にようやく気がついた。

 これが本当にトルトゥーラだろうか。レイを堕落に誘うように、企みをもちかけるようだった魔王はそこにいなかった。容貌こそ異なりこそすれ、愛しい者を独占したいという気持ちの隠せないそこらの青年と変わらない様子だった。

 恐ろしいところも、禍々しいところもすっかり薄れている。長い時間を経ているはずなのに、レイといくつも変わらない若者のようだった。

「ですがそれでは……」

 レイは言いかけた、それは当初トルトゥーラから持ち込まれた提案そのものだった。だが、レスカーテに生け贄のような悲壮感は無かった。

「役目を放棄した聖女と勇者、落とし所としてそう悪いものでは無いと思いますが」

 にっこりと笑うレスカーテにはレイを圧倒する迫力があった。

 レイの暮らしは変わらない、今まで通り、メーディカと共に生きる事ができるだろう。それどことか、未来の勇者の養育を理由にずっと手元に置く事すら可能なのだ。

「あなたはそれでいいのですか?」

 レスカーテは魔王と共に在るという。それこそ、自身が魔王の封印になると言っているようなものだった。

 レスカーテとトルトゥーラは互いを見た。そして微笑み合っていた。

 今となってはレイの方が異物であった。

 今、この場所はもう、魔王と聖女の新居のようなものなのだ。陽光もささない地下の深くで、ただ互いだけが居ればいいとでもいうようだった。
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