『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
“──あなたがたのおかげで、世界の力があるべき場所へと還りました。感謝します”
 空に浮かんだ光の塊はかすかにヒトの形をとると、淡々とそう告げた。静かな光と声は鎮静効果があるのか、さっきまであんなに波打っていた心の中が急激に凪いでいく。光の神、なんだろう。……光の神の治癒の光でも、テオドールは助からないんだろうか。
 口には出していないけれど、私の疑問に答えるように、光はテオドールの方を向いた。
“──その者は闇の力に深いところまで染められてしまったようですね。消え行く命の炎は、癒しで戻ることはありません”
 光の神はやはり淡々と、無感情にそう教えてくれた。消え行く命、という言葉に、吐き出す息が震えた。身体中が心臓になったみたいにどくどくと耳の奥で鳴っているのがうるさい。
「光の神様でも、助けられないんですか?」
 立ち上がった瑠果ちゃんが、光の神を見据えて聞いた。
“──炎が消えてしまわなければ、可能ですが……それがあなたの願いですか?”
 願い。そう、そうだった。光の神の言葉に、ハッとして顔をあげた。
“──この世界が正しい姿になるため尽力してくれたあなたがたの願いを、はじまりの葉の朝露の数……
 ──すなわち三つ、お礼に叶えましょう”
 当初の目的だったニコラウスを助けることは、既に達成されている。それならば。私は瑠果ちゃんの隣に立つと、顔を見合わせて頷いた。
「お願いします、テオを、助けてください」
“──いいでしょう”
 光の神が承諾すると、テオドールが淡い光に包まれ、そのまま光は体に吸い込まれていった。まだ意識は失っているようだけど、さっきまで真っ白だった顔は血の気を取り戻し、呼吸もちゃんとしっかりしている。
「兄さん……」
 バルトルトが、安心したように長く息をつく。
“──あと二つ。他に何を願いますか”
 無感情な光の神の声が続きを促す。アルフレートが皆を振り返り、それぞれ応えるように頷いた。アルフレートの伸ばした手の先へクリスが走っていく。
「師匠が、元の体に戻れるようにしたい。」
“──わかりました”
 クリスのふわふわした体が光に包まれる。いつものように小さく鳴くと、アルフレートの手のひらの上でそっと眠りに落ちた。その背中を優しげに撫でてから、クリスの仮の体だったその動物をポケットの中に入れて寝かせた。
「これでアルの師匠は戻ったのか?」
「たぶん。家で待ってるって、言ってた。」
 レオンハルトの言葉に、アルフレートは微笑んだ。
 あとは一つ。瑠果ちゃんはバルトルトを見て、願いを告げるよう促した。
「私たちの一族の、穢れの呪いを解いてもらえますか」
“──叶えましょう”
 バルトルトとテオドールの体が薄く光に包まれ、その光は浄化をするときのように小さな粒に分かれて空へと昇っていく。
「バルトルト、大丈夫?」
「……ええ、問題ありません」
 体の中に変化を感じたのか胸元を押さえたバルトルトは、どこか霧が晴れたような表情だ。父上の様子を見に帰らないといけないですね、と柔らかく笑った。
 これで、この世界での私たちの目的は果たされた。瑠果ちゃんと私は、言葉にならなくて、そっとお互いの手を握りあった。
“──異界の協力者よ。さあ、あるべき場所へ。”
 光の神から声がかかると、私と瑠果ちゃんの体が淡く光りだした。
「悠希さん、悠希さんがいなかったら、ここまで来られなかった。
 最後まで一緒に居てくれて……本当にありがとう」
「瑠果ちゃん……私も……ありがとう……」
 瑠果ちゃんとぎゅっと抱き締め合う。いつもの暖かい魔力を感じて、もう最後だと思うと涙があふれてきた。どちらが欠けても、この結末にはたどり着けなかった。
 私たちの前に来たニコラウスが跪いて頭を垂れた。
「もとの世界へ、帰られるのですね。
 ……お二人にはどのように御礼を申し上げて良いか……」
 言葉に詰まるニコラウスに、瑠果ちゃんは微笑んだ。
「あなたの本当の願いが叶って、良かった」
 深く礼の姿勢をとり、どうかその行く先に光の神の導きがありますように、と──最初と同じ旅の安全を祈る挨拶を口にして穏やかに笑った。ニコラウスは立ち上がるとその場を譲る。体を纏う光は少しずつ増えている。きっともうあまり時間が無いんだろう。
「俺たちの世界を救ってくれて、ありがとう」
 優しい目で笑うレオンハルトが手を差し出してきたので、握手を交わす。……その力が思いのほか強くて笑ってしまった。
「レオン、ちゃんと加減して。……ルカ、ユウキ、……ありがとう。」
 レオンハルトを咎めつつ、アルフレートもそっと手を握ってくれた。
「ユウキさん、ルカさんも……どうか、お元気で」
 バルトルトは、少し涙を堪えるような顔をしている。瑠果ちゃんと私は笑顔で頷いた。
 少しずつ体が薄れてきた。あともう少し、待って欲しい。
 私は目を閉じたまま横たわるテオドールの側までいき、膝をついた。
「テオ」
 額にかかる乱れた髪をそっとどかす。触れた頬がちゃんと温かいことにほっとした。徐々に自分の視界が端から白んでいくのがわかる。これが、最後だから。少し躊躇いつつ──テオドールの額へ、そっと口づけを落とした。
「……ユウキ?」
 瞼が震えて、綺麗な榛色の瞳が私を映した。ああ、良かった、最後に目を覚ましたのを確認できて。あふれてくる涙を腕で拭ってなんとか止める。
「──ありがとう、テオ。あなたに出会えて良かった。どうか、幸せになって」
 できれば最後は笑っていたかった。テオドールが好きだと言ってくれたから、笑顔の私を覚えていて欲しいから。
 頬に触れるテオドールの手を握りしめて……意識が光に塗りつぶされた。
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