『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
 瑠果ちゃんと私に気が付くと、テーブルの男の人がこちらに手を上げて合図した。
 サラサラの金髪に碧眼と整った顔立ち。正に主人公という容姿のこの男の人は、ゲームのメインヒーロー、レオンハルトだ。
 濃いオレンジの短髪にテオドールとそっくりな榛色の瞳をしたバルトルトは軽くこちらに会釈する。
 透き通った水色の髪と瞳のアルフレートは静かにこちらを観察しているようにみえた。
 そして、カーキブラウンの髪と榛色の瞳のテオドール。強いその眼光に射抜かれそうになる。ああ、彼はここに、こうして存在しているのだ。
 感傷に浸りそうになるのをぐっと飲み込んで、どうにかこうにか昨日のお礼から──と思ったところで、先に口を開いたのは、じっとこちらを見ていたテオドールだった。
「それで、話はどんな風にまとまったんだ?
そっちの『神の御使い』は俺達がもらい受けていいのか?」
 ひえ────! 俺達が。もらい受ける。もらい受ける!! 『神の御使い』を、だけど、私のことについて言われているので間違いないのだ。失礼で俺様な感じがとってもテオドールらしいし、新しいセリフ(しかもボイス有りで)ありがとうございます!!!という感じで頭がパンクしそうだ。
「テオドール、それは今日改めてって話したでしょ。
 それに、もらい受けるって、ものじゃないんだから失礼だよ」
 瑠果ちゃんがたしなめているけれど、私は目の前で実際に動くテオドールに、そして私を認識しているという事実に心がうち震えるレベルで感動している。もうこれだけで十分すぎる

「藤本、悠希です。
 あの、命を助けていただいて、本当にありがとうございました」
 改めて、自己紹介とお礼をする。これに関しては、どれだけ感謝してもしたりない。深々と頭を下げる私に、レオンハルトは人の良さそうな笑みで答えた。
「俺はレオンハルトだ! 話はルカから大体聞いている。
 お礼なら、こいつ──テオドールに言ってくれよ。テオドールが、森の中で最初に君を見つけたんだ」
 あーーー、やっぱりあのとき声をかけてきたのはテオドールで確定だ。身悶えするのを抑えつつ、テオドールにしっかりお礼を伝える。ふん、と鼻を鳴らして返されたが、それすらテオドールらしくて嬉しい。
「私はバルトルトです。こちらのテオドールの、弟です。
 ……兄さん、ほら」
「……テオドールだ」
 バルトルトに促されて、テオドールもしぶしぶと名前を告げる。ゲームの中でもよくどちらが歳上なんだか……といわれていた、しっかりものの弟だ。
「……アルフレート。あと、こっちはクリス。よろしく、ユウキ。」
 最後のひとり、アルフレートは口数が少なく無表情なタイプ。その肩に乗ったリスのような小動物も紹介してくれる。この小動物にはまあ色々あるのだけど、それよりも。
 メインヒーローのレオンハルトと同じく、友好的なのはありがたい。ありがたいけど、名前呼び!! この世界的に名字があるかどうかわからないから名前呼びになるのは当たり前だけど、思わずどきっとするので心臓に悪い。皆の前であまり挙動不審にならないように注意しなければと気合いを入れているけれど、早速難しそうだ。
「昨日のこともあって、こうして知らない者に囲まれるのは怖いかもしれないが……ここには君を害する人物はいないから、安心して欲しい」
 顔を強ばらせている私が怖がっていると思ったのか、レオンハルトが声をかけてくれる。恐怖は違う意味でしているけども、やっぱりメインヒーローはとても良い人だな?! 何とかぎこちなく頷きで返すと、バルトルトはちらりとテオドールを見やった。
「兄は、顔は険しいかもしれないですが、怖くないですよ」
「…………おい、バルト」
「だって、あんたがこの人を睨んでるから。」
 バルトルトの言葉でさらに口を曲げたテオドールに、アルフレートが淡々とフォローにならないフォローを入れる。
 ああ……目の前のやりとりが尊すぎてすでに心臓がもたない。テンションがおかしくて鼻血が出てきそうだ。脳内のシャッターをぱしゃぱしゃときりつつ、なんとか朝御飯を食べ終えた。

 食後、改めて今後の方針などすりあわせをした。とりあえずは、中央神殿に行って神官ニコラウスに指示をあおぐ。出来れば二手に分かれたいというところは、より早く世界を浄化するためと、皆にはそう伝えた。もし二手に分かれることになれば、テオドールが言ったように、私はテオドールバルトルトと一緒に行くことになった。……これについては深く考えると完全に脳が処理落ちしそうなので、ひとまずは置いておこう。
 あとは、穢れを祓う浄化について。瑠果ちゃんもまだやったことがないので、可能ならば、最初は二人でやること。お互いどうなるかわからなくてとても不安だから、是非一緒にいるうちに経験しておきたい。
 中央神殿には、ここから馬車で二週間ほどかかるらしい。今日はまず道中に必要な物を買い、準備を整えることになった。
 宿の一角に設けられたスペースにところ狭しと商品が並べられている。街道を通る商人さんが色々と置いていくらしいので、その種類も豊富だ。タオルやせっけんなどの日用品から、ちょっとしたアクセサリーもある。どれもデザインが珍しいものなので見ているだけで面白い。
「中央で改めて買い足すとして、ひとまずは悠希さんのお洋服かな。あとは靴だね」
「ありがとう、助かります……」
 向こうから着の身着のままなので上下シンプルなスウェットなのもあれだけど、靴も召喚されたときのままなので、実はベランダに置いていたサンダルだ。歩きづらかったので、ちゃんとした靴はとてもありがたい。
「あとは、何か欲しいものはある?
お役目だけで何の楽しみも無いのは良くないと思うの」
 魔法は精神状態にも左右されるし、と瑠果ちゃんは教えてくれる。
 ちなみに瑠果ちゃんは、せっけんは自分好みの良い香りのものを買うことに決めているそうだ。この世界に来て長いわけではないのに大分順応しているようだ。すごい。
 私は並べられた商品達を改めて見た。服……はおしゃれより機動力や暖かさ重視だし、アクセサリーの類いは、本来は生活の邪魔になるのであまり好きではない。ふと、端の方に並べられた冊子が目についた。手にとってペラペラとめくってみると何も書かれていない。どうやらノートみたいなものらしい。
「瑠果ちゃん、この世界は紙って高価なものなの?」
「うーん、そうでもないかな。植物でできた紙が流通してるし、インクが無くても書ける不思議なペンもあるよ」
「そうなんだ……」
 ゲームをやっているときは特に気にしなかったけど、こういった文明部分は不思議で謎だ。違う世界だから比較しても仕方ないけれど、このぐらいの時代観だと羊皮紙とかで紙が高かったり、インクをつけて使うペンだったりのイメージだった。不思議道具があるのは魔法が存在しているからなんだろうか。深く考えても仕方ないし、便利ならそれにこしたことはないだろう。
「生活必需品じゃないんだけどこれはいいかな……?」
「大丈夫! 私のせっけんの方が高いくらいだよ」
 小さなノートと不思議ペン。元の世界に持ち帰ったり出来ないと思うけど、書くことで体は記憶する。少しでも覚えておけるように、この旅の日記に出来たらと思ったのだ。
 出発は明日の早朝。道中では、魔法の練習もする予定だ。
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