エリート外科医は最愛妻に独占欲を刻みつける
宵の明星
したたかに、酔っている。
吐息に香るアルコール。唇が重なり、舌が口内に入り込んだ。唾液を混ぜ合わせると、なぜだかそれが甘く舌の根に残る。目を閉じているのに、くらくらと脳が揺れるような、眩暈を感じていた。
身体が密着して、途方もなく熱い。
少しも離れたくないと言われているようで、泣きたいほどに心が満たされる。キスがそれて、私を抱く彼の唇が耳に触れ、吐息が耳孔に響いた。
そのまま、目を閉じて浸っていれば、泣かずに済んだのに。
「……後藤さん」
その声に、はっと目を開く。息も止まった。だって、声の主が、この状況ではありえない人だったから。いや、ちゃんと、私はわかっていたはず。わかっていて、ここへ来て。酔いに任せて現実から逃げただけ。
じんと目の奥が熱くなる。耳元から彼の唇が離れ顔が離れ、真上から見下ろされる。はっきりと目の前のその人を認識した途端、涙腺が壊れてしまったようにぶわりと涙があふれ出た。
「ふっ……うっ……」
唇からは嗚咽が漏れる。彼はそんな私を咎めることなく、優しい手で私の額にかかる髪をかきあげた。
「いくらでも、泣いていい」
目尻の涙は、唇で拭われる。瞼を再び閉じた私だったが、とんとんと指で軽く叩かれて開いてしまう。
「だけど、誰に抱かれているかは、間違えないでくれ」
優しいくせに、現実を突きつける。
どうして。
悲しいのにどうして、こんなにも温かいのだろう。
温もりをくれるはずだった人よりもずっと、熱くて、切ない。
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