トライアングル 上

スペアー、ストライクで7フレーム目に61と表示され尚も8フレーム目が謎に包まれる祐介のスコア。
少し焦る亮輔だがスコアを見て冷静さを取り戻す。
「そうだ!こいつはまだスコア61だった。」 
追いつけるはずがない。
こいつはこういう奴だった。
そう言い聞かせ、球を掴んだ亮輔はレーンに立ち、深呼吸で1拍置く。
そしてクールな顔立ちで球を振り上げ、投げた。

もうこの会場にうるさくチャチャを入れる者は居なかった。
静かに球の行方だけを見つめる。女神、祐介、
そして亮輔のみ。

理想的なフォーム、理想的な角度。
1番と3番の間を綺麗に抜いてもまだ凝視を続ける。
倒れるまでは分からない。

そして、結果は、、、

「ストラーーイク!!」
女神が高らかに声を上げる。

「よし!」
亮輔が1フレーム目からの久しぶりのストライクに素直にガッツポーズで喜ぶ。

「いや〜楽しくなってきたのう。」
祐介が首をコキコキ左右に鳴らしながら、ストライクの余韻冷めやらぬ亮輔の横をお互い目も合わせずレーンに向かい通過する。

椅子に軽く腰掛ける亮輔。
「正直追いつけるとは到底思えないが、ここでのストライクは自分の気持ち的にかなりデカイ。」
さっきまでの負けムードを断ち切るようなストライクに満足げな亮輔。

「ここまでスペアーも合わせると10本か9本しか倒してないなんて流石ですね。」
女神も亮輔を称える。

しかし、この余裕はすぐに消える、、、

ガターン!
2人の会話をよそに投球を終えた祐介。
女神と亮輔が同時にレーンを見る。

投げたフォームのまま固まっている祐介。
その静けさと静止したような空間の向こう、
ピンの残りの本数は、、、
ゼロ!

「ス、ストラーーイク!ダブル!!」
突然の事に戸惑いながら女神は高らかに言う。





ストライクが2回続いた為、祐介のスコアボードはまだ8フレーム目からスコアが表示されない。
「バカな!バカな!」
その謎に包まれたスコアが亮輔にとっては気味が悪くて仕方がない。
亮輔がテーブルに置いてあった紙とペンで計算をしようとする。

そこへ早くも戻ってきた祐介が釘を刺す。
「亮輔!はよ!お前の番じゃ!」

急かされるように追い出されるように椅子を後にし困惑しながら迎えたのは運命の第10フレーム。
「52差があったんだから」
自分に言い聞かせながら、しかしどうしても闇に隠れたスコアが気になる亮輔。
投げなれているだけあって、こんな状態でも綺麗なフォームは崩れない。
しかし、気持ちのムラは軌道に現れる。
1番と3番の間を狙って投げたはずの球はほぼド真ん中。
そして、いつもの癖で曲がった手首によって少しずつ逸れていく。
少しズレたもののなんとか1番と2番の間に当たった球。
「くっ!」
しかし、見るからに残った3本のピン。
3番、6番、10番。

「ポイズンアイビー、、、」
女神が残ったピンを見て呟く。

「ん?」
腕を組んで大股開きで座っていた祐介も女神の意味不明な呟きに食いつく。

ブーンと手を乾かしながら球を待つ亮輔。

その姿を見つながら女神が祐介に解説を始める。
「まぁ、見ていて下さい。あの残ったピン、3番、6番、
10番。」

亮輔が球を持ち、構える。
「狙うは3番ピンと6番ピンの間。でも確実に3本取る為に右にスピンを掛けたい。」
手はぎこちないながらもまるで何かを鷲掴みしたまま運ぶように持ち、それをただ落とさないようにだけ左手を添える。それには意味があった。
右にスピンをかけるにはパチンコのレバーをひねる時のように手首を右回転させる必要があるからだ。
そのまま歩くのはゆっくり歩き、最後の1歩!
大股で加速をし腕を後ろに振り上げ、
その反動でなんとか鷲掴みで掴んでいる球をそっと
レーンに置くように投げる。
その瞬間、手首を思い切り右回転させた!

「右利きの人にとって球を"右に曲げる"と言うことは大変困難なんです。これは人の手首の構造上、仕方がない事でして。」
女神が自分の手首で左回転し、右回転してみせる。
人の手は身体の内側を向いて存在している。
なので右手の場合は左の方を掌が向いている。
そのブランと真っ直ぐな状態から手首を回してみて欲しい。

「確かにのう。」
女神の真似で手首を左回し、右回しにしながら祐介が聞き入る。
手首は内側へは多く回るが外側へはほとんど回らないのだ。

「しかし、あの残ったピンを3本一番取りやすい方法、"右に曲げて反るように取ること"なんです。」
女神がスコアボードに映る残りのピンをなぞりながら
"右に曲がった軌道"を見せる。

「ほう。」
祐介がなんとなく理解をする。

「実際、曲げずに取れる方法もあるといえばあるのですが、、、。確実に取りに行こうとして"右に曲げよう"とすると、、、。」
女神の説明に呼応するかのように亮輔の球が動く。
「思った以上に曲がらない手首、左に回転させるよりもスピンせず、麻痺をしてるかのように曲がらない球。」
亮輔の球はほぼ真っ直ぐ3番ピン目掛けて進む。

「曲がれ〜〜!」
無理に曲げた事で手首を痛めたのか押さえながら、球の行方を見守る亮輔。

「<それはまるで、毒(ポイズン)に侵されているよう、、、。」
暗く静かに呟く女神。





ガターン!
倒れたピンを見て「うおおお。」祐介は声を震わせる。
そこには3番ピン、6番ピンが倒れ、広い空間に1本だけ残された10番ピン。
女神に脅かされた祐介には、手首を押さえる亮輔は毒で苦しんでいるかのように、1本だけ立っている10番ピンはまるで悪魔のように見えた。

「さあ、、、行ってらっしゃい。」
さらに追い打ちをかけるように悪魔のような笑みで女神はそんな祐介の背中を押した。

「おい!押すなよ!」と言うかのように女神の手を払った祐介だったが、女神の不気味な笑みを見て逃げるようにレーンへ向かった。

そこへ2投目を投げ終えた亮輔が戻ってくる。
亮輔はそんな女神と祐介のやり取りを露知らず、紙とペンで計算を始める。
「ストライク、、、ストライク、、、。」

必死な亮輔を見るに見かねた女神が言う。
「流石に(追い詰められているような亮輔が)なんか可愛そうになっちゃいまして、先程は妾もちょっと意地悪をしてしまいましたし。」
女神が"あれ"と、云うようにレーンに立った祐介を指差す。
「ちょっと吹き込んでみました。」

「うお〜〜!悪魔が10体!!む〜ん」
祐介が頭の中に住み着いた悪魔を追い出すように首を思いっきり左右にブルブル振る。

「、、、?」
何をやっているか分からず呆然とする亮輔。

女神は「ふふふ」と不気味に笑う。

「うおおおお!悪魔!くらえや〜〜!!」
祐介は錯乱しながらも球を投げた。
コロコロと転がった球がピンに当たり、ガターン!といい音を立てて倒れた。

「え!?」
女神が唖然とする。

「勝ってやったぞ〜〜!!」
なんと!取ったのは"ストライク"!

「ターキー!!」
亮輔は紙での計算を再開する。

「効いている感じなのですが、、、。感覚で覚えているのでしょうか、、、?」
女神はもはや"ストライク!"とも"ターキー"とも言えない。

「ターキーで残り2投、、、1頭目が残って、2投目がスペアーなら、、、。この後ストライクなら、、、。」
亮輔が紙に書きなぶった計算が終わる頃、

ガターン!
祐介の10フレームの2投目の悪魔討伐の結果が明らかになる。
2投目、、、8本。

亮輔は紙とペンを投げるように置き、大きく伸び、ふん反りかえる。
「ん〜〜〜っ!」
紙には様々なシュチュエーションでの祐介のスコアが書いてあり、
そして、祐介の勝利条件、2投目もストライク、3投目が7本。





それ以下の場合、亮輔の勝利となる。
つまり、2投目がストライクを逃した時点。現在、
勝利の確定。
「よし!」
大きく伸びた亮輔が安堵を浮かべる。

ガターン!
それとほぼ時間を違わずして祐介の最後の1投が終わり、全ての結果が出る。

亮輔 147  対  祐介 138




結果を見て亮輔は思った。
「これは9フレーム目のストライクで勝負が決まっていたようなもんだな。」
確かにスコアを見ると9フレーム目の段階で祐介の総合得点138を超えていた。
亮輔にとってこれは当然の結果だが、一時はどうなる事かと不安だっただけに訪れた安心感は大きい。
しかし、その時、ふと女神の言葉が頭をよぎる。
『ここまでスペアーを合わせると10本か9本しか倒してないなんて流石ですね。』
「確かに俺は、確実に9本以上は倒してきた。」
ここで浮かんだ疑念、、、。
「しかし、この勝利を決めた9フレーム目。俺のストライクがもし、9本だったらどうだっただろうか?」
再び、振り返り、紙とペンで計算を始める。
そして、紙に導き出した答え。
「フン、、、」
計算を終えた亮輔はペンを握り締めたままため息のような鼻息を出す。
「これが、、、祐介、、、か、、、。」
乱雑に計算式が乱れた白い紙の中央。
黒い二重丸で囲まれた数字の答えは、、、
"137"。
つまりは1本差で負けていた。





「勝者〜〜!亮輔選手〜〜!!」
女神が高らかに会場全部に響き渡るほど大きな声で亮輔を称える。

その声で祐介が正気を取り戻し、目をパチパチさせながら
スコアーを確認する。
「、、、。」
結果だけ見たら1フレーム差。9フレーム目で負けは確定している。
あんなに頑張って追い上げても負けは確定していた。
そう思うとかつての怒りが再び蘇ってくる。
「亮〜〜〜輔〜〜〜!!!」
思い切り睨みつけた祐介は亮輔に言い放った。
「そんなに勝ちが重要なら、お前に見せつけてやるわ!」

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