トライアングル 上

亮輔にはすでにこの連想ゲームの勝ち方が分かっていた。
「この戦いでの勝利の方程式!それは先手を取ること。そして、その先手で次の手まで自分の思い通りの対決に持ち込む事。」
亮輔の考える勝利の方程式とはこうだ。
まず1戦目。自分の得意な種目で勝負を謀る。
その次の戦いは祐介が決めるのだが、ポイントはここで今回"カート"とした事。それで次の連想出来るのは『車』、『コース』、『走る』などと絞られてくる。
この連想であれば器用で、泳ぎも得意で、走るのも早い亮輔にはどんな勝負も勝利出来ると確信出来た。
「この対決の勝利条件は先に3連勝する事。さすがに先の先まで何が来るのかは読めないが、交互の連想は決まっている。つまりこのレース、そして次での勝利でその次は自分の都合のいい競技。それからはお互い勝てる競技を選び続けるだろう。そうなれば初めの3勝!これが勝負の決め手!間違いない!」
コースの景色はサーキット場のような所から少し周りに緑の生い茂る森のような風景へ姿を変え、目の前に見える大きな壁に"左"の標識が見えてくる。
亮輔は2速→1速→2速と、慣れた手付きでギアを変え、
「うぉっ!これはRがきついぞ!」
と、言いながら90度はあるであろうカーブをハンドルを思い切り切って曲がる。
その直後にはすぐに待ち構える右カーブ!
「これはエグい!」
コースの難易度に少し焦りながらもその顔には笑顔が漏れ、楽しげにハンドルを左右に切る。
緑の葉がその風圧でそよそよ揺れている。
チラッとサイドミラーを見てみる。
青の車体は影すら見えない。
「いや〜気持ちいいな〜。」
亮輔は余裕で景色すら堪能しながら少しアクセルを強く踏みひらけてきた道の先を凝視する。
そこには木々の生い茂るコースの両斜面の緑とはうって変わった砂地の黄色が広がり中央を通るコースはクネクネS字に曲がっている。
「ここで砂地のS字か〜。祐介には無理でしょ〜。」

一方そのころ祐介は、、、。
「亮輔〜!許さん!」
ボコボコと音を立てようやくコースへ復帰を果たした祐介。
辺り一面土煙で覆われ、青のカートとヘルメットは色がわからないほど白く汚れている。
「まっておれ〜!」
再び真っ赤な顔でアクセルを思いっきり踏む。
しかし、中々加速しない車。
ギアは尚も"4"に入れられている。

「途中経過を発表します。」
S字カーブを越え、次に続く大きな左カーブを曲がっているとはっきりと聞こえてきた女神の声。
どこかにスピーカーでもあるかのように脳裏に響く声はカーブでキュルキュルとなるタイヤの音、車体の風を切る音、ヘルメットで耳も隠されているがしっかりと聞き取れる。
「現在、両者中間地点を超えまして、タイムの差は38秒5」
回したハンドルを「おっとっと」と戻し、次に起こることに警戒しつつタイヤの向きを安定させながら亮輔は思う。
「38秒か、、、約半周差といった所か。」
亮輔は道を見据え、にんまり笑い、一人つぶやく。
「親切な情報をどうも。」
それは確信に満ちた笑い。
先の視界を遮っていたカーブの緑の斜面がひらけ、見えた先のコースは木々のトンネル。その先まで上り坂ではあるが直線が続いているのが分かる。 
「ここで加速!」
亮輔は一気にアクセルを踏み、ギアを3速→4速へと変える。


カートはぐんぐんスピードを上げ、それにつられるように周りの木々たちもサワサワそよぐ。
清々しい気持ち。余裕の"勝利"の2文字からチラチラと周りを見渡し我に返り分析を始める。
「しかしここはどこのカート場なんだろう?おそらくこの木の広葉樹の葉からして日本のような気はするんだけど。今現在、言動と現象から推測するに、あの女神という存在は『イメージが読める』、『言葉を相手に送れる』、『物、人の移動が自由に出来る』事が分かった。信じがたい事だけど"神"っていうのも存在したと言う事か、、、。」
「彼女の目的はいったい、、、?」
「梨緒を巡っての戦いの女神、、、。」
「梨緒、、、」


そして思い出す。


それは1年ほど前、、、。
泉姫中学の野球部が県大会へ向け順調に勝ち上がっていたある日、
亮輔はピッチャーとして力をつけだし、マウンドへ上がるようになっていた。
9回表を終わってスコアボードには6対3。
亮輔は初めての完投を目前にしていた。
その裏。
亮輔はピッチングを崩しヒットの連打を浴びる。
それでも失点を逃れ2アウトで満塁。
相手は8番バッター。
多少の失点は覚悟で勝利へ向けて投げた1投、、、。
甘く入った球をバッターが抑え、逆転の満塁ホームラン。
4失点でチームを敗北に導いてしまう。
決して手を抜いたわけではない、ピッチングが崩れていたとはいえ、どこかであと1アウトの8番バッターと言うとこにどこか油断が生まれたのだろう。
しかし、涙を流して引退を悔しがる先輩達。
それを見ると自分の背負っていたモノの大きさを感じる。
励ましてくれるチームメイトの声も賛えてくれる先輩たちの声も全く耳に入らず、ただただ責任を感じ、
自信を無くし、亮輔はうまく球が投げれなくなる"イップス"に陥ってしまう。
部活動の後、、、
「スパーン!」
静まり返ったグラウンドで一人、緑のネットに向かって投球練習を行う亮輔。
すでにネットには溢れんばかりの球で埋まっている。
それでも、1球1球投げる度にしっかりネットを見つめ、
両腕を大きく振りかぶると右の足を軸足に
左の足を高く蹴り上げ、大きく身体を開き、重心をネットに向け思いっきり足を開いて
右手に握られた球に重心を乗せ、投げる。
「スパーン!」
力の乗ったいい球。ネットに入った軽快な音がグラウンドに響き渡る。
それでも亮輔は眉間にシワを寄せ、もう一度籠に積まれたボールを1つ手に取る。
「パチパチパチパチ、、、。」
そんな亮輔に向け送られた拍手。気付くとネットの裏、
倉庫の脇に人影。
「ナイスボール!」
明るく澄んだ声が亮輔の耳に届く。
そこには梨緒の姿。
「ごめん。もう片づけるから!」
亮輔は目を逸らし手に取ったボールを籠に戻そうとする。
「こら〜!そこ〜〜!もどさな〜い!!」
梨緒が懸命に張った大きな声で人差し指を亮輔に向けながら両手、両足をせわしくバタバタさせて言う。
そんな梨緒の声に亮輔は眉毛をハの字にし悲しげな表情で
籠に戻そうと下げた手の球をギュッと握りしめる。
「ほら!もう1球!」
その声に顔を上げると、溢れんばかりの球の入ったネットの脇に直立する梨緒の姿。
そこはバッターボックスの位置。
「駄目なんだ、、、梨緒、、、。」
亮輔は被った帽子のつばを人差し指と親指で掴み、
顔を隠すようにクイッと下げた。
「ほら〜!はやく〜〜!」
上下に腕を振り、地団駄を踏みながら頬をプックリと膨らませて梨緒は言う。
オレンジ色の西日が黒みがかってくる。
「梨緒、、、。もう帰ろうぜ。」
亮輔が力ない声で言う。
「嫌〜!帰らない〜!亮輔いっつも言ってるじゃん!『練習はウソをつかない』って!さぁ!投げて!」
梨緒が亮輔をせかすように、まくしたてるように言った言葉。
「くそっ!」
亮輔は再びネットを見つめ、思いを込めながら   
 『こいつは、いつもすべてを見透かして』
両腕を振りかぶり、身体を大きく開き、
『明るい笑顔と口調で』
重心をネットに向けて球に重心を乗せ、
『いつも背中を押してくれる』
投げた!
「スパーン!」
ネットに入った球。
梨緒はそれをよく見、ニンマリ口角を上げ、
「少し外角に逸れたわよ〜〜!まだまだ練習しがいがありそうね〜!はい!もう1球!」
笑顔で球を投げ返した。
その球を左手のグローブで顔元でキャッチした亮輔。
思わず『フッ!』と、笑いがこぼれ、
「いや、、、球はこっちにもあるんですけど。」
亮輔のすぐ脇のボールの入った籠を指差す。
「、、、、。」
一瞬の静寂。
梨緒は顔を真っ赤にしてまた両手、両足をパタパタさせながら、
「うるさい、うるさ〜い!!」
と、返した。
それを見て亮輔の暗かった顔も次第に笑顔を取り戻した。

それから梨緒との練習の甲斐もあり亮輔はイップスを克服。エースナンバーを貰えるまでに成長した。


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