魔王様は聖女の異世界アロママッサージがお気に入り★
2度目の危機です
 レイラが次に目を覚ますと、見知らぬ部屋にいた。

 起き上がると周囲に人はいなかった。

 簡素だが質のいいベッドと調度品がそろえられており、窓の一部にはステンドグラスが使われている。

 おそらく教会の一室だろう。

 西の森の瘴気の穴の浄化に協力して、気絶したのだ。

 レイラは馬車の中で感じた違和感を確認するために、自分の手をしげしげと見た。

 いつも爪を短めに切りそろえているのだが、やはり薄っすら伸びている気がする。

 聖女の癒しの力を多く使ったからか、ラディスと離れているからかはわからない。

 代謝は成長と老化の証拠だ。

 レイラは自分の体の不安定さに、身震いをした。

 若返ってラッキーと楽観的な考えをするには、レイラは年を取りすぎていた。

 何があるかわからない。

 力を使うときは、慎重にするに越したことはない。

 レイラは立ち上がって廊下に向かう。

 水が欲しい。あと食事も。

 どれだけ眠っていたかはわからないが、お腹がすいたのを通り越して、反対に食欲がわかない状況まで言っている気がする。

 レイラはぺったんこになったお腹をなでた。

 絨毯張りになった廊下を歩いていると、人の声が聞こえてくる。

「まだあの女性は目覚めませんの?」

「えぇ、もう2日も眠ってますわ。西の森に同行した聖女のお付きでしょ? 癇癪を起して気絶したと聞いてるのだけど」

「そうなんですの。西の森に同行した神官から聞いたので間違いないですよ。馬車で震えて皆さんの手を煩わせたあげく、マヤ様が保護した子供を子供が嫌いだからって馬車でかくまうのを嫌がったり、あげくの果てにはマヤ様がしたことを自分がしたことのようにシス様に報告して関心を引いたそうなんです」

「まあ、聖女様にそんなことをした女を、どうしてシス様はかばっていらっしゃるの?」

 マヤとレイラのしたことが逆転している。

「マヤ様は、あの女のきつい言葉に泣いていらしたそうです」

 確かに、レイラがきつく言ったせいでマヤが泣いていたのは間違いない。

「それなのにマヤ様からは、よく見ておいて欲しいといわれておりますの。お優しい方ですわ」

「聖女のお力が目覚めたばかりですのに、立派ですわ」

「それに聞いた話なのですけど」

 まだ続くらしい。

 レイラは自分の状況を把握するために、廊下の角に隠れて、噂話を聞き続けることにした。

「なんでもあの女、魔族の元にいたらしくて、魔族と取引して、体を差し出す代わりに若い姿を得たそうなんです」

「えっ……」

「本当はしわしわの老婆らしいですわ」

「汚らわしい……そんな人の世話をするのは嫌だわ」

 レイラはあきれを通り越して感心してしまった。

 よくもまあ、あることないこと好き勝手言ってくれるものである。

 シスが流したにしろ、マヤが流したにしろ、伝聞で聞いた真偽のわからない話をうのみにする人間ほど浅はかなものはない。

 どちらにしても噂をただす気はない。

 そんな労力をかけるくらいなら、ここから逃げ出すか立ち去るか、何とかしなくては。

 ラディスの元に戻るにしても、どこに行けばいいかわからないし、ひとりでここを出たところで、ある程度この世界のことを把握した今では、レイラが一人で生きてたどり着けるとは思えない。

 レイラはとりあえず、彼女たちに食事と水がもらえる場所を聞こう。

 先ほどの話は聞いていないことにして、レイラは彼女たちの前に歩いていこうとする。

「目覚めたのですか?」

 一歩を踏み出そうとしたところで、後ろからかけられた声に、レイラは振り返る。

「シス……」

 レイラとシスがいることに気づいた二人の女性は、慌てた様子で立ち去っていく。

「体に異変はありませんか?」

「あ、うん。もう大丈夫みたい」

「突然いなくなったので、驚きました……あまり勝手に部屋から出ないでください」

「せっかく手を回して拉致してきたのに、逃げられたら聖女の力が使える人がいなくなって立場が危なくなるものね」

 先ほど理不尽な噂話を聞いた腹いせにシスに嫌味を言う。

「……本当に嫌味な」

「嫌味なのはここにいる人達じゃない。憶測で人を殺そうとしたり、真偽のわからない噂話を広げたり、引見過ぎて感心するわ」

 シスは小さくため息をついた後、レイラを部屋に案内する。

「おかしな噂が立っていることは謝ります。身の安全のためにも部屋にいてください」

「魔族も人間も噂話は、大好きだよね」

 レイラのいた世界も異世界も変わらない。

 シスは何か言いたそうにしていたが、律儀にレイラを部屋まで送ってくれた。

「食事と飲み物を運ばせますので、部屋にいてください」

 シスが出ていくと、かちゃりと鍵のかかる音がした。

「閉じ込められた」

 レイラがベッドから離れた位置にあるテーブルに座るとすぐに、扉をノックする音がした。

「おぉ、早い」

 のどが渇いていたレイラはすぐに扉を開けた。

 そこで自分の浅慮を反省した。

 ここは日本ではないし、日本であったとしても知らない場所で扉をホイホイと開けるのは危険な行為だ。

 ずらりと並んだ神官たちの姿を見て、レイラは身の危険を感じる。

 どう見ても食事を持ってきたようには見えない。

 しかも先ほど女性たちが話していた噂が広まっているのだとしたら……。

「部屋を間違えてますよっ!」

 レイラはそういいながら急いで扉を閉めようとする。

 だが神官たちの動きは早く、レイラはあっけなく手首をつかまれて部屋から引きずりだされた。

「ちょっと! 離しなさい!」

 レイラが思わず大きな声を出すと、神官たちはレイラの口を手でふさいだ。

「おとなしくしろ」

「ふぅぅっ!」

 暴れようとするが、数人の男性に取り囲まれて手足を押さえられては何の抵抗もできない。

 怖い!

 食事を持ってくるか、シスがまた来てくれるかもしれない。

 必死に冷静さを取り戻そうとしたが、打開策は思いつかず、誰も通りかかる様子はない。

 レイラは絶望的な気持ちになりながら、廊下を引きずられていった。
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