朝戸風に、きらきら 4/4 番外編追加
朝戸風に、きらめく


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毎日のように羽織っていたジャケットは、
以前からこんなにも重さがあったのだろうか。

袖を通して一度ピンと裾を引っ張ったら、両肩にのしかかってくるような重量を感じてしまった。


姿鏡で、久しぶりの"出勤スタイル"に身を包んだ自分を覗き込んで、おかしなところが無いかを確認する。


…あの男の事務所では、本当にラフな服装で仕事もしてしまっていたから、どこか気持ちがソワソワしてしまう。

「…仕事なんて言って良いほど、
何もやってなかったけど。」

自分にツッコミを入れたって、1人の空間では当然なんの反応も無く自嘲的な笑みだけが落ちた。



そのまま狭いリビングの奥の、一応ここに越してきた時にネットでセールしている中でも必死に1番可愛いのを選んだ筈の古びたカーテンを、そっと開けた。




窓から見上げた空は、雲ひとつ無い。
向き合った太陽は、この早朝でも既に燦々と光る。

その輝きに、双眸が自ずと細まった。


「……行くの、怖いなあ…、」


だけど私の漏らした言葉は、全然、明るく無い。
後ろ向きで、不安定に震えてしまった。

明るく眩しい光をたっぷり瞳に取り込んで
「今日も頑張ろう」って、毎日笑って前を向ける。

そういう強い自分なら、どんなに良かっただろう。


もう何度も、そう思っている。






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「心配かけてごめんなさい。もう私、大丈夫です。

_____此処を、出て行きます。」


那津さんに告げたその次の日には、
私はあの男の事務所を出て、自分の部屋へ戻った。


朝はきちんと起きて、出社してくる那津さんを出迎えたら酷く驚かれてしまった。

最後だからと、朝ごはんを作りながら

「私、もう大丈夫って言いました。」

と笑ったら「そう」と微かに眉を下げて同じように笑ってくれた。

最後くらい、出来損ないの部下でも、
あの人を安心させられただろうか。



殆ど事務所に自分の荷物は置かないようにしていたから、着替え等だけの手軽な荷造りを終えて。

いつも夜は必ず、徒歩圏内の自宅へ帰る男を見送ってきたけど、昨日だけは、私が那津さんに見送られた。


「那津さん、ありがとうございました。
あの、アシスタント候補の件ですが、」

「何回言わせんの。要らない。」

「…でも、今後の全てを那津さんがされるわけには、」

「なんとかやるから。」


玄関先で腕を組んで怠そうに壁にもたれかかる男は、やはり怠そうに溜息を吐いた。



流石に、私がやってきた仕事を含めて引き継げるアシスタントの募集くらいは、やらせて欲しいと言ったのに。

アシスタントはもう雇わないからと、那津さんはその一言で全てを突っぱねた。


何度言っても、全く聞く耳を持ってくれなかった。


それでもいつか、アシスタントの方が来た時のために、「引き継ぎ書だけは作らせてほしい」と、昨日のうちに思いつくすべてをデータにして、使っていたパソコンに置いてきた。



「那津さん、ちゃんと食べないとだめですよ。」

「こっちのセリフな。」

「…寝坊も、ダメですよ。」

「それも俺のセリフな。」


___私は、大丈夫です。

だって毎日、狸寝入りだった。

貴方が起こしてくれるのを毎朝ただ待ってた、
狡くて甘えた、最低な女です。



心でそう呟いたら、狡猾な自分に笑えて。

それでも彼に笑顔を最後に届けられるから、
むしろ、良かった。


「…お世話になりました。」

「うん。」


頑張って努めて明るい声を出して、深くお辞儀をして。

バタン、と玄関の閉まる音が聞こえたと同時に、必死に走ってその建物から逃げるように抜け出した。


気を抜いたら、私は振り返ってしまう。

またあの人の元に、戻りたくなる。




「……、っ、」

どうやって辿り着いたかいまいち思い出せないけど、2ヶ月ぶりに我が家の部屋の電気をつけた瞬間、痺れを切らしたかの如く、ぼたぼたと大粒の涙が次から次へと、零れ落ちた。


自分の家なのに、寂しいと感じてしまう私は重症だ。


たった2ヶ月。

あの男は、私にどれだけのものをくれたのだろう。


「いおり、」

誰も聞いてないから、許して欲しい。

もうきっと、あんなに好きになる人には出会えない。


そういう男の名前を静かに、微かに呼んで、
自分の中に感情の全てを押し込めた。

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