カタブツ竜王の過保護な求婚


 木立の間をぬって開けた畑へと出ると、レイナは立ち止まり、大きく息を吸った。


「あそこよ」


 暗闇の中でそれらしく見えることを祈りながら、作業夫たちの詰め所を指差す。瞬間、夫人や偽騎士たちの視線が一斉にそちらへと向いた。
 レイナは〝その時〟を逃さずに、今までずっと握っていた筆を、アンヌの腕を掴む偽騎士に向かって思いっきり投げつけた。

 見事に筆は狙った通り、偽騎士の眉間付近へと当たって落ちた。
 今度はアンヌが〝その時〟を逃さず、偽騎士の手を振りほどいて走り出す。
 当然、レイナもラベロも駆け出した。ラベロはすぐ側にいた偽騎士のみぞおちに一発入れ、腰の剣を奪い取ってから。

 三人三様に逃げて行く時に、「くそっ!」とラベロの罵声が聞こえたのは、おそらくレイナと違う方へ向かってしまったからだろう。


「大丈夫!」


 レイナは応えて、必死に走った。散り散りに逃げて行ったために偽騎士たちは誰を追うべきかわずかに躊躇し、出遅れた。
 夫人の金切り声が聞こえる。
 これで守護兵たちが気付いてくれればいいが。

 恵みの園のことはすっかり頭に入っているから大丈夫と言い聞かせる。
 昨日だって、ジェマとかくれんぼをしたばかりだ。
 柔らかく瞬く星たちの光だけでは、木陰に入れば途端に行く手を闇に閉ざされてしまうが、レイナには十分だった。


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