あの後落ち着いた私たちは、何事もなかったかのように普通に別れて帰路に着いた。そして一切の連絡もしていない。というか、連絡先の交換すらしていないことに、後になって気づいた。

私は日下さんが好きだけど、別に日下さんは私を好きだなんて一言も言っていない。あのとき金木犀で、”エッチが下手で彼氏と別れた”という私の話を聞いて、親切心で慰めてくれたに過ぎないのだ。

だからあれはいわゆる、一夜の過ちってやつではないだろうか。

少なくとも日下さんにとっては過ちだったのだろう。ごめんと言いながら涙を流した姿が脳裏に焼きついて、何度も思い出してしまう。あれはどういう意味だったのだろうか。真意は測りかねた。

だけど私は忘れられない。
あのぎゅんっとした感覚。
体の震え。
肌と肌が密着する愛しいあたたかさ。

思い出すだけで体が疼くようだ。

「ちょっと、西尾さん。顔赤いけど大丈夫?熱でもあるんじゃ……」

「えっ?だっ、大丈夫です!」

隣の席の同僚に声をかけられ、はっと我に返る。

仕事中にまでそんなことを思い出すなんて、気が緩んでいる証拠だ。集中するため、自分の頬を叩いて気合いを入れ直した。