愛することを忘れた彼の不器用な愛し方
玄関の扉の前、不安の高まりはやがて緊張に変わっていく。震えそうになる指でインターホンを押した。
反応がなく、もう一度押す。

微かに響くピンポーンという音に耳を澄ませるが、出てくる気配は感じられない。

会社に来られないというくらいだから、まさか入院しているとか?
それほどひどい状態なのだろうか。
新井さんにもっと詳しく聞けばよかった。
電話番号も聞いておくんだった。

悪いことばかり想像してしまう。
会社に電話して聞いてみようか。

おろおろと、携帯電話を取り出したときだった。

ガチャリ、と玄関の鍵が開けられる音がした。

「わー、すみません、お待たせしまし……え、日下さん?!」

俺を見て驚いた芽生は目を丸くしたが、俺は芽生の姿を確認した瞬間、言葉よりも先に涙がこぼれ落ちた。

「わわっ、どうしたんですか?」

「……よかった。ちゃんと芽生がいた」

安堵は涙となって溢れ出る。
自分がこんなにも涙脆いなんて知らなかった。
それほど芽生の存在が俺の中で大きくなっていることを実感する。

「……大丈夫ですか?」

芽生が俺の頬に手を伸ばす。
その手が頬に触れる前に、俺は反射的に芽生を抱きしめていた。

「……日下さん?!」

芽生は驚きながらも俺の背中に手を回すと、優しく擦った。ゆっくりとした手の動きが俺の心を落ち着かせていく。

ああ、あの時と同じだ。
初めて芽生を抱いた、あの時と。

芽生の包み込むような優しさに、俺は心から安心した。
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