内緒の赤ちゃんごとエリート御曹司に最愛を刻まれました~極上シークレットベビー~
秋月祐奈
『宇月温泉観光案内所』と印字されたガラスの扉がウィーンと開く。
 それに気が付いて、秋月祐奈(あきつきゆうな)は記録簿を書いていた手を止めて顔を上げた。
 またウィーンと閉まった扉の内側に外国人夫婦が、少し困ったような表情で立っている。
 祐奈は開いていた記録簿をパタンと閉じて彼らに微笑みかけた。
《どうかなさいましたか》
 彼らがどこの国から来たのかは不明だが、とりあえず英語で話しかけてみる。
 すると夫と思しき男性が、ホッとしたように口を開いた。
《松屋旅館に行きたいのですが》
 祐奈はカウンターにストックしてあるパンフレットを手に取り、彼らに向けて広げる。そして『宇月温泉街散策マップ』というページを指し示して案内を始めた。
《目の前の通りがメインストリートのこれです。松屋旅館はここですから……》
 ひと通りの説明を終えると、なんとか伝わったようだ。男性が微笑んだ。
《ありがとう、助かったよ》
 すると今度は妻の方が口を開いた。
《私たち今日着いたばかりなの。山の上に小さい遊園地があるってガイドブックに載ってたんだけど、松屋旅館からは近いのかしら》
 祐奈は彼女が手にしている"ジャパン"というタイトルの少し古びたガイドブックに視線を送る。そして眉を下げて首を振った。
《申し訳ありませんが、遊園地は数年前に閉鎖しました》
《あらそうなの。明日行ってみようかと思っていたのに》
 妻が残念そうに肩を竦める。
 祐奈はすかさず、言葉を続けた。
《代わりに、雷桜の滝はいかがですか。山の中にありますが、松屋旅館からはハイキングコースになっています。今の時期は山桜が綺麗ですよ》
 祐奈の提案に、夫婦は満足そうに頷いて案内所を後にした。
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