内緒の赤ちゃんごとエリート御曹司に最愛を刻まれました~極上シークレットベビー~
疑惑
「じゃあお母さん、今日だけは大和ことお願いね」
 鏡越しの母に向かって祐奈が告げると、母は「はいはい」と答えた。
「帰りはいつも通り?」
「うん、だからお迎えには行けるんだけど」
 そう言って祐奈は素早く身支度を整えてゆく。
 今日は、宇月ランド跡地の名義が正式に天沢ホテルになる、土地不動産決済の日である。
 場所はアスター銀行東日本中央支店。
 宇月からは、車で一時間ほどの県庁所在地で行われる取引に、祐奈が参加することになったのは、田原の提案がきっかけだった。
『無理にとは言わないけど、よかったら立ち会ってみないかい。仕事の成果を実感できると思うよ』
 プロジェクトメンバーとしての祐奈の役割は、天沢ホテル側に宇月のよさを知ってもらい、買収の決断をしてもらうこと。春に大雅の案内を担当しただけではなく、ここ数カ月は資料作成などにも関わり、天沢誘致に奔走した。
 無事に契約は成立し、今日めでたく宇月ランドの土地は、天沢ホテルに名義が変わる。
 もちろん天沢ホテルはこれからずっと宇月で営業していくわけだから、観光課としてはまだまだ付き合いは続いてゆく。
 でも祐奈の役目はこれで一旦終わりを迎えることになる。
 今日を境に祐奈はプロジェクトのメンバーからは外れることになっていた。
 子どもを保育園に預けて働く母として、たとえ仕事だとしても、なにかあった時にすぐに迎えに行けない場所へ行くのはどうしても躊躇してしまう。
 それでも自分にとってはじめて任された大きな仕事、その総仕上げの場に立ち合いたくて、祐奈は田原の提案を受けたのだ。
「今日だけは、大和になにかあったら、お母さんのところに連絡がいくように保育園には言ってあるから」
 念を押すように祐奈が言うと寛子はまた「はいはい」と言った。
< 103 / 163 >

この作品をシェア

pagetop