のぼりを担いだ最強聖女はイケメン辺境伯に溺愛されています

第7話 フォール城

 王都を出てから十二の町を通過した。
 ほとんどの町では三日、大きな町には一週間ほど滞在したので、フォールの郡都フォートレルに着いた時にはニヶ月が経っていた。

 季節は春から夏に変わり、着た切り雀のドレスは擦り切れて、なんだか臭くなった。
 時々下着一枚になって、宿で洗っているが、乾くのに時間がかかるので毎日は洗えない。

「北に向かっててよかったわ。南に行ってたら、今頃汗でぐちょぐちょだったわね」

 新しいドレスを買うくらいのお金は貯まっていた。
 いくつかの町で仕事の合間にお店を外から覗いてみたけど、中に入る勇気は出なかった。

 アニエスはドレスを買ったことがない。
 聖女の修行中は、ずっと今と同じグレーのドレスを着ていた。
 傷んできたりサイズが合わなくなったりすると新しいものが支給されたけど、色も形もいつも同じだった。
 
 だから、どんなドレスを買えばいいのかわからなかった。

 ほかの聖女が何かの時に、ふつうの令嬢みたいなドレスを着ているのを見たことがある。
 あれは何の時だったのだろう。
 聖女の修行に休みはないのに、どこでどうやって手に入れたのか不思議だった。

 朝は夜明けと一緒に起きてお祈り。お祈りの後は、泉の水を汲みに千段の石段を登る。
 それが終わると午後のお祈り。
 歴史などを学ぶ座学もあるし、礼法や治癒の実践授業もある。
 夕方は滝に打たれる。

 石段登りと滝行だけでも、けっこう大変だ。
 誰かが見張っているわけではないから、やらなくてもバレないよ、とほかの聖女に言われたことがあるけど、泉の神様は、誰も見ていない時にこそ、真実の心が試されると言っていた。
 毎日、水を汲みに行っていると、時々、神様が何かいいことを言ってくれる。

 聖女は優しくなければいけないよ、とか。
 人を助けるには、自分が強くなくてはいけないよ、とか。
 肉は身体にいいよ、とか。
 野菜も食べなさい、とか。

 綺麗な服を着ていても、心が貧しくてはいけないよ……、とか。
 
(でも……)

 擦り切れてちょっと臭くなったドレスを見下ろして、アニエスはブンブン首を振った。

「修行が足りないわ」

< 9 / 59 >

この作品をシェア

pagetop