大胆不敵な魔女様は、悪役令嬢も、疑恋人だってできちゃうんです。
マリオン13歳

◇入学式





燕草月 序十八日


ビリー。

入寮は無事に済みました。
寮長様はとても素敵なご婦人よ。
だから安心してね。

それより明日の入学式が心配です。
しっかりやれるといいけど。

とにかく頑張るしかないわよね。
はじめの一歩目ですもの、力強く、思い切り踏みだすことにします。






【この国内で優秀とされる子どもは『王の庭』に集められ、さらなる高みを目指すべく教育されねばならない】

そう書かれた手紙と使者が王宮からやって来たのは、秋の終わりのことだった。

その日、屋敷の裏手にある森で薬草を摘んでいたマリオンは、慌てふためいた様子の小間使いに屋敷に呼び戻される。


木々や雲の形がくっきり映るまで磨かれた馬車と、この辺りでは見ない趣味が悪くて上等そうな服装の使者が大扉の前で待っていた。

居丈高な態度に合わせて声も高かったが、そのおかげで使者の言葉は聞き漏らさないで済んだ。

「マリオン・リー・マーレイ、貴君を『王の庭』へ招来する。準備を整え直ちに王都へ来られたし」
「…………承知いたしました」

心の中では当然だろうと、使者の到着の遅さに半ば呆れながら、体の方はしおらしい淑女のフリで衣装を持ち上げ、膝をわずかに折り曲げた。

鷹揚に頷いた使者は、『王の庭』への案内が書かれた分厚い紙の束をマリオンに渡すと、お茶の誘いを断って馬車に乗り込み、さっさとこの場を離れて行く。

この後もお役目が残っているのか、一刻も早く王都へ帰りたいのかは定かではない。
おそらく後者の理由だろう。
日暮れまでには大きな町に辿り着かないと、野盗よりも熊や狼の襲撃の方を警戒しなくてはならない。



マーレイ家はそこから大忙しだった。
ある程度予測をして準備していたものの、足りないものは沢山あった。
必要なものを揃え、衣装をいくつか新調し、荷物と一緒に出発したのはもうぎりぎりの時期だった。

何しろこのマーレイ領から王都までの道のりが長い。

隣の領地より、隣国との境の方が近い。
国の端も端、辺境の中の辺境からの大遠征だ。

秋から年越しにかけて準備を整え、雪の季節を余裕を持って移動に充て、それでやっとマリオンは王都にたどり着く。

『王の庭』門前まではマーレイ家の侍従が付き添ってくれたが、そこから先は学院の支度係にお願いすることになる。

支度係に手伝ってもらいながら、マリオンはなんとか学院と寮への手続きを終えた。


ひと息つけたとほっとしたのは束の間、入学式その日を迎える。



「へぇ……貴女がマーレイの落とし胤? これはこれは、魔女様だね」

寮の正面扉の前で話しかけてきたのは、凛とした雰囲気の少女だった。
真っ直ぐの金の髪を顎の辺りで切り揃え、動くたびにそれがさらさらと揺れている。

マリオンがきれいな髪に見惚れていると、その少女は気まずそうに笑顔を作った。

「……ごめん、気を悪くした?」
「いいえ、ちっとも。マリオン・リー・マーレイです、どうぞよろしく」
「喧嘩腰の言葉がついでちゃうんだよね。リディア・ベル・ハリントン。よろしくね」
「ハリントン! 有名な騎士様のお家ね」
「んー、まぁウチは本家筋からちょっと離れてるけどね……ねぇ、マリオン。あ、マリオンって呼んでもいい?」
「もちろん、リディア」
「今年の星五つ女子は私とマリオンだけみたいだからさ、仲良くしたかったんだよね」
「そう言ってもらえて嬉しい」
「良かった……私、口が悪いしガサツだし。マリオンがお嬢様お嬢様した人だったらどうしようかって思ってたんだ」
「私は田舎育ちだし、大雑把だし、そんなに気を遣わなくて大丈夫」

にこりと笑ったマリオンに、ほうと安心したような息を吐く。良かったとリディアは、肩の力を抜いて笑い返す。


新入学生は毎年二十名程度、その半数が文官科と騎士科、そして術師科。
さらにそこに『女子の』が付くとぐっと人数が減る。

この寮は騎士科と術師科の女子寮。
そこにいる新入学生は、まさにマリオンとリディアだけだった。

「落とし胤なんて……言い方悪かったね」
「いいの、だって本当のことだし」
「大魔女様になんてこと……あ、これも嫌味か……でも、すごく髪と目がきれいだからつい……」
「それも本当のことだから」
「んー? どっちが? 大魔女? きれいなこと?」
「んー。……どっちも?」
「あはは。マリオンとは仲良くなれそうだ」
「私もそう思う」


新入学生は白藍のものを身に付けると決まっている。
学院指定の商店で布を手に入れ、それを仕立てるのが通例。

汚れが目立ちそうだが厚くて丈夫な生地なので、マリオンはすらりとしたスカートを、リディアは騎士服に倣ったぴしりとした上衣を仕立てていた。

朝の光が白藍の衣装にはね返り、初々しさが眩しいほどだ。

「……にしても遅くない?」
「そうねぇ、式に遅れなければそれでいいのだけど」

早目に朝食を済ませて、ふたりは寮の前でお迎えを待っている。

入学式は上級生の騎士科の生徒が迎えに来て送り届けてくれる、これもまた通例だった。

さすがにこれ以上は待てないという時間まで待って、それでも誰も来ないので、ふたりは入学式の行われる大講堂に向かうことにした。

敷地は広大なので場所は前もって確認してある。
リディアのエスコートで木陰の落ちる石畳の細道を並んで歩く。

「マリオンのローブ、すごいね」
「中の服はどうでも良いけど、こればっかりは立派にしないと、って」
「着せられてるんだ?」
「私はローブもどうでも良いんだけど」
「家の矜持が滲み出る」
「大切なのは中身なのにね」
「その通り!」

足元まであるローブは術師科の学生の証、マリオンの黒のローブはその縁全てに、同じく黒い糸で精緻な草花の刺繍が入っていた。

遠目で見ればただの真っ黒だが、近くでよく見ると相当に手が込んでいるのが分かる。
魔術師は全般的に、そういう捻くれた凝り方を好むので、仕立てとしては正統派だ。


道のりを半ばまで来た時、向こうから慌てた様子でふたりの男子生徒が駆けてくる。

深緑の騎士服ふうの正装、剣帯には装飾が派手な儀礼用の剣がぶら下がっている。

「ごめんね、遅くなって。出かける前になって、急にこいつが……」
「…………リック・ウィリアム」
「よう、リディア・ベル」

リックと呼ばれた男子学生は、風で乱れたくせのある赤毛を直しながら、リディアににやりと笑いかける。

マリオンが隣にいるリディアを見上げると、気まずそうにぼそりと、本家筋の、と答えた。

「君がマリオンだね……俺のことはリッキーって呼んで?」

リックは殊ににこりと笑って、横に並ぶと腕を差し出した。
ぱちりと片目をつぶるおまけ付きだ。

促されてマリオンはこそりと腕に掴まる。

「カイルはリディアを頼む」
「……おう」
「遅くなってごめんね。さあ、行こうか」

先を歩き出して後ろを振り返ると、リディアはカイルから差し出された腕を無視してそのまま進み始めた。

その様子を見ていたリックがふと笑い声を上げる。

「……ほんとは俺がリディアの付き添い役だったんだけど」
「え?」
「リディアはあの調子だろ? しかも俺が相手じゃ周りに何て言われるか」
「お優しいんですね」
「……いや、俺の見栄、の方が実情だけど」
「はい?」
「もう少し背が欲しい」

横で見上げたリックはマリオンからしたら充分に背が高い。
でも見上げた角度はリディアと同じだから、ふたりが並んでしまえばそう違いはないだろう。

「カイルなら見た目の釣り合いが取れてるし」

マリオンより頭ひとつ分高いリディアの、さらに頭ひとつ分上にカイルの頭があった。

リディア(あいつ)自分の背が高いの結構気にしてるし」
「やっぱりお優しい」
「……どうかな、やっぱり俺の見栄だけど」

にこりと笑い合って、前を見ると歩くことに専念する。

「マリオンの髪は見事だね……俺こんなに暗い色始めて見たかも。その目の色も……すごいな」

ローブの黒よりも、さらに濃い闇の色。

まぁそう見える様にローブの色を柔らかな黒にしたのだが、陽の下でははっきりと差が出やすい。

よく晴れた日の空の瞳も、陽に当たると深い湖のように透き通る。


膨大な魔力量の証。


国が建ったばかりの大昔。
魔術師の大系を整え、理論立てた『大魔女様』は、それは見事な夜の黒髪と、昼の空の目を持っていた。

そのことから髪は色が濃いほど、瞳は空の青に近いほど、持っている魔力量は多いとされている。
実際、その考えは大筋で間違いがない。

マリオン本人もうんざりするほどの魔力を、その小さな体の中で持て余していた。

「鳴り物入りな訳だ」
「やっぱりそうなりますよね」
「すごく噂になってるよ」
「……なるほど、それは良い調子です」
「自分のくじ運の良さに惚れ惚れしたね」
「くじ?」
「君たちのお出迎え、ものすごく競争率が高かったんだからね?」
「…………なのに、リディアじゃなくて良いんですか?」
「…………何か誤解してない?」
「応援します」
「……あ、してるね、これは」




大講堂前の広場は、人がまばらに立っていた。

騎士服の人はおらず、みな深緑を取り入れた、立派な仕立ての衣装を来た上級生だ。

立ち話をしていた顔が、マリオンたちの方をちらちらと振り返る。

「おっと……新入学生らしい姿がないな。急ごうか?」
「ゆっくり行きませんか」
「いいの?」
「大物は遅れて登場するものです」
「ああ、いいね。そういう考え方好き」

周囲の注目を集めつつ、ふたりはゆっくりと大講堂に向かう。

振り向くとリディアも、いつの間にか、エスコートに従って腕を組み、つんと澄ました顔をしていた。

リックは講堂の階段下で、そっと腕を解く。
その手を取って、上へ促した。

「俺たちはここまで。張りきってどうぞ、大物さん」
「護衛をどうもありがとう」

儀礼的な言葉を返すと、リックは胸に拳を当てて、わずかに腰を折った。
びしりとした騎士の礼に、後ろからはそう見えただろう。

こちら向きの顔はにやにやと楽しそうだった。

「終わるまでその辺りで待ってるよ」
「……要らないってば」
「……そういう決まりなの。リディア・ベル緊張し過ぎて失敗するなよ」
「……は? しませんが?」

つんとそっぽを向いたリディアを見て、リックと顔を見合わせ、うふふと笑い合う。

ひと息ついて振り返る。

マリオンは今度はリディアに腕を出され、それに素直に手をかけた。

大講堂の扉の前に立つ。

そばに控えた侍従然とした男性が、恭しく扉を開けた。

その時にはマリオンもリディアも、すと表情を真剣なものに変える。



ゆっくりひとつ、息を吸って吐いて。

ゆうべ日記に書いた通り、マリオンは堂々と、この『王の庭』での一歩を、大きく踏み出した。







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