1分で読める初恋短編集
2:舞台を降りたのなら
「ごめんなさい」
 私の言葉を聞いた彼は、一瞬だけ暗い顔をしたけれど、すぐにその傾いた心を戻して笑った。
「急にごめんね」
 それだけ言って彼は去っていき、私の心には後悔がにじんでじわりじわりと広がっていく。
 どれだけ考えても、今去っていった彼と付き合えば私は嘘をつくことになる。
 それが嫌だからお断りをした。
 たったそれだけなのに、こうも苦しい。
 その原因はわかっていた。

「チエ、またフッたのか?」

 後ろから幼馴染のカオルに話しかけられて、心臓が飛び出るほどビックリした。

「急に話しかけないでよ!このバカオル!」
「はいはい、悪かったな」
「っていうか、見てたの?」
「さっきのヤツとすれ違いになったんだよ。その先にお前がいたからな、大体察しはつく」
「察してくれなくてもいいのに」
「俺だって嫌だよ」
「はいはい、ごめんなさいね」
「っていうかお前、結構な数告白されてないか?」
「わかんない、いちいち数えてないし」
「試しに誰かと付き合ってみればいいのに」
「……いや」

 カオルの無邪気で残酷な言葉が、私の胸に刺さる。
 学校で演じている「サエキ チエ」を好きになる人は多い。
 だけどそれは仮の姿でしかない。
 ドラマの中の人物に恋している人と何ら変わりはない。
 私が舞台から降りた時にどんな顔をしているのか、その人達は全然知らない。
 けど、カオルは知っている。
 私がどれだけ演じているのかを。
 だからこそ怖い、けれども、背中を預けたくなる。

「まあ、無理はするなよ」
 ポンッと背中を叩いたカオルは、自分のクラスへと戻って行く。
 その背中を見ながら、私は少しだけ泣いた。
 舞台を降りた私の、純粋な涙だった。
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