十六夜月と美しい青色
1…突然の終わり

決別

 「おちゃのじかん」の朝は、オープン前の和菓子の受取から始まる。

 結花の実家が経営する藤沢茶舗が、もっと気軽にお茶を楽しめるようにと、このフィットモールのオープンに合わせて、テナントとして入居していた。茶舗の方は、昔なじみのお客様や企業などの取引がメインだけど、こっちは家族連れがメインの客層になっている。

 普段は、藤沢茶舗の事務所で仕事をしているが、時々こっちのカフェの事務処理や、子育て中のパートスタッフが多いので、シフトのやり繰りがつかない時などに手伝いに来ていた。

 「おはようございます。検品をお願いします」

 業務用出入り口から、フードコンテナーの乗った台車を押して、和菓子の納品に『紅梅屋』跡取りの凌駕が配達に来た。七分袖の白衣を着た180センチの長身は、台車を押しているだけでも、目立っている。優しそうな雰囲気もあって、ここのスタッフだけではなく、フィットモール内の従業員にもファンが結構いるらしい。

 凌駕から、今年の春にプロポーズをされたときには、フィットモールの従業員からも「おめでとう」と祝福してもらっていた。そして、先月の大安に結納も済ませ、来年の3月に結婚式を挙げるための準備を、週末になるとふたりで進めていた。

 その時、凌駕と二人で選んだペアリングを、結花は左手の薬指に、凌駕は仕事柄指輪ができないからと、ペンダントにして肌身離さずつけていてくれた。

 凌駕の実家の『紅梅屋』は、地元でも名が通った和菓子の老舗だ。凌駕は職人気質の父親のもとで、和菓子職人になるため、大学を出た後、修行をしていた。職人としては下っ端だからと配達などもしていた。

 「相変わらず、とっても美味しそう!店長、いろいろ頼んでるのね。この時期だと、おすすめはやっぱり栗きんとんかしら?」
 
 発注は、店長の柳田というアラフォーの男性スタッフが担当で、カフェでは、二十四節季に合わせた和菓子を用意して、お茶とともにお出ししていた。今日は、遅出だから、結花が代わりに検品をして受け取っていた。

 「そうだな。いまだと、栗がちょうど旬だからな。栗きんとんもだけど、栗大福や栗饅頭、栗羊羹なんかもいいよな。煎茶とかに合いそうだな」

 「確かにね」

 「栗きんとんも、食材や作り方が地方によって違うみたいで、うちでは伝統的な栗と砂糖を合わせて作っているけど、栗餡と自然薯を練りきりで包むものもあるんだよ」

 結花も結婚したら、『紅梅屋』の若女将として凌駕の足を引っ張らないように、和菓子のことを知っておこうと、時間があると勉強していた。凌駕も、こうして和菓子の配達の時には、時間が許す限りお菓子のことを話すのが、二人の楽しみになっていた。

 その姿を、フィットモールの開店前の視察で巡回していた、販売促進課の課長、梅崎和人が垣間見ていた。スリーピースの濃いグレーのスーツに、185センチの長身、ミディアムヘアの前髪を立ち上げて後ろに流しているスタイルは、どこかのメンズモデルかと見間違うほどだった。それでも、凌駕と幸せな結花の視界には、まったく入ってはいなかった。それに、店長会議にはいつも柳田が出席していたから、結花は梅崎課長とはほとんど面識がなかった。


 
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