十六夜月と美しい青色

偶然の再会

 ハンドルを握る手に力が入る。いつもなら車窓を流れる景色の移り変わりを楽しみながら車を走らせるのに、今はすべてが灰色のモノクロに感じる景色の中を、時々溜め息をつきながら、ただ前を向いて運転しているだけだった。
 
 結花の運転する車は、山間の国道を走り抜け、途中から自動車道に入ると、この地方では有名な紅葉スポットのあるインターチェンジを降りた。いつも独りの時間に浸りたいとき此処に来る。自宅からも2時間ほどの距離だから、運転する事が好きな結花には、程よいドライブにもなっていた。

 また、ここは標高の高いところで、冬になるとスキー場や温泉もあるので、時々、学生時代の友達と泊りがけで遊びに来ることもあった。そこには、イギリスの田舎町を思わせるようなペンションやロッジが立ち並ぶ一帯があり、観光シーズンともなると予約が取れなくなってしまうほどの人気のある場所だ。今夜、結花が宿泊をしようとするペンションは、ウッディな雰囲気で、端正に手入れがされた四季折々の花が欠かすことなく咲いているところだった。何度か利用しているうちに、ペンションのご主人や奥さんとは顔なじみになっていた。

 そのペンションに予約を取るために、インターチェンジを降りてすぐの道の駅に車を止め、スマフォを手に取り登録してあるペンション番号に掛けた。電話には、いつも通り受付を担当している奥さんが出た。急だけど、これから直ぐに行っても部屋が空いてるかと確認すると、紅葉はもう少し先だから、観光客も少なく空いてるよと返事をもらいそのまま部屋をとった。

 さらにトークアプリを立ち上げ、心配してるだろう母に、いつも行くペンションに居るとメッセージを送った。必要以上に、結花の行動を束縛するような両親ではないが、流石に今日のことを思うと、黙ってはいないだろう。一言でも連絡を入れておけば、要らない心配をかけることもない。それに、凌駕からのメッセージと何度も掛かっている着信に気づいたが、結花はそのままスマフォを鞄に入れた。

 彼の間違いを許したところで、自分たちの間に未来はないという事実に結花の心は張り裂けそうになっていた。そして、抑えようとしても抑えられない涙が頬を伝う。結花は慌ててそれを手で拭い、エンジンを始動しハンドルを握りしめ、目的地へと走り始めた。
 
 彼と過ごした時間は、何だったのだろう。
 
 ハンドルを握っている間も、そんな事ばかりが頭をよぎる。お酒の勢いで他の女性を抱くほど、自分との時間の何が不満だったのだろうか。彼を満足させるほどの、女性としての魅力が足りなかったんだろうか。自分が素直に別れれば、その彼女と赤ちゃんと一緒に凌駕は幸せになるのだろうか。そんなことばかりが、結花の想いの中を埋め尽くしていた。
 
 裏切られた結花が、凌駕の幸せなんて気にすることでもないのかもしれない。けれど、凌駕と一緒に過ごした時間まで嘘にしたくない。結婚式の日まで決めていたのだから、少しでも、結花の事を思う気持ちがあったはずと信じたかった。
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