運命なんて信じない
「運びましょうか?」
後部座席のドアを開けた坂井が、琴子と抱え上げようとする。

「いや、いい。俺が運ぶよ」
俺は坂井を止めて、琴子を抱えあげた。

たとえ酒井にでも、琴子を託したくはない。
出来ることなら他の人間には指一本触れさせたくはない。

「坂井、悪かったな。助かったよ」
本当に坂井がいなければどうなっていたか。

「いえ、俺も先日は専務に助けていただきましたから」
遠慮気味に頭を下げる坂井。

ああ、そうだった。
彼を尋ねてやって来たガラの悪い訪問者の件で、助けてやったんだ。

「その後、大丈夫なのか?」
「はい。知り合いの弁護士にも入ってもらって、彼女の借金も無事に返済できたそうです。お騒がせしました」
「いや、解決できて何よりだ。これから保証人になる時には注意することだな」
「はい」

あの後、坂井について少し調べさせた。
大学の成績も入社試験の評価も高く優秀な人間のようだが、家庭の事情はかなり複雑だとの報告を受けた。
もちろんそれは彼の個人的な問題で俺がとやかく言うべきことではないのだが、琴子の友人としては個人的に心配ではある。

「まあ、これでお互いさま。この間の件は帳消しだな」
「・・・ありがとうございます」

その後、俺が琴子を連れて家に入って行くのを見送った坂井も帰っていった。
< 50 / 190 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop