暁のオイディプス
***


 『源氏物語』における「運命の人」との出会いの場面は、すぐにいくつでも思い浮かぶ。


 垣根越しに覗き込むと、可愛らしい少女がそこに居たり。


 猫が悪さをして外れしまった御簾の陰から、愛らしい人が現れたり。


 嵐の去った混乱の中で、偶然美しい人を見かけたりだとか。


 胸ときめく場面の数々が描かれているのだけど、実際にそんなことが起こったためしなどない。


 普通に暮らしている毎日の中では、そんなこと起こり得ない。


 所詮は絵巻物の中の夢物語……。


 そんなことを考えながらある日の夕刻、用事を済ませた帰りに土岐の御屋形様の御屋敷に立ち寄った。


 夕刻と言ってもまだ夏なので、日は高い。


 借りていた本を返し、代わりにまた次の本をお借りしたいと思っていた。


 今回は中国・唐の時代の小説を何冊か読んでみた。


 楊貴妃と玄宗皇帝の物語を題材とした『長恨歌』は有名だけど、もう一つ『范可(はんか)』という人物の伝記もあった。


 この范可という人物は唐の時代に、やむを得ない理由で父親を殺す羽目になったという悲劇の主人公で……。


 物騒な内容だった。
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