氷雪の王は温もりを知る

死にかけて

「寒い……」

 真冬の様に冷たい部屋、目の前に広がるのは埃が積もった不潔な無機質の石の床。
 何も履いていない爪先は、冷たい床に熱を奪われて、血の気を失っていた。
 足首には鉄の枷がはめられており、自由を奪われた状態では、自ら暖を取る事さえ難しい。

「寒いよ……」

 掠れた声で呟きながら、手首を動かすと、足首と同じ枷がジャラジャラと音を立てた。
 白い息を吐いて指先を温めるが、すぐに冷たくなってしまう。
 麻の様な生地で出来たボロボロの白い服は、破れた縫い目から冷気が入ってきて、ますます身体から熱は奪われていった。

「なんでこんな事に……」

 ここに来て何日経ったのかはわからない。
 携帯電話が入った鞄は取り上げられ、着ていたスーツも脱がされた。気づくと、このボロボロの服に着替えさせられていた。
 日時を確認する事も、ここがどこなのかも確認出来ないまま、目が覚めてから、ずっと牢屋と思しきこの部屋に繫がれていた。

 一日一回、男から差し出される具も味もない冷めたスープらしきものでは、空腹が紛れなければ、暖も取れなかった。
 しばらくして、スープ皿を取りに同じ男がやって来るが、何を言っても無視をされ続けていた。
 そうしている内に、いつの間にか涙は枯れ果てて、助けを求める声も出なくなった。

「帰るんだ。絶対、帰るんだ……」

 空腹と寒さから、意識が遠のきそうになる。
 その度に「帰るんだ」と呟いては、自分を奮い立たせていた。
 こんな知らない場所で、誰が死ぬものか。

 でも、それももう心身共に限界だった。
 今日の分の食事が出る直前から、意識が遠のく回数が増えた。
 床を這いつくばって、食事を取りに行くのさえ出来ず、壁に寄り掛かったまま、ただ薄れていく意識の中で、「寒い」と呟くだけが精一杯だった。

「ごめん、なさい……おとう……さん……おか……あさん……」

 頭の中に浮かんでくるのは、いつも反発していた両親の姿。
 こんな事なら、喧嘩別れなんてしないで、もっと、親孝行をすれば良かった。
 これが走馬灯というものなんだろう。

 身体から急激に力が抜けると、一際大きな金属同士が擦れる音に続いて、身体が冷たい床の上に倒れる。
 頬に当たる石の感触もなくなり、目の前が暗くなっていく。
 その時、コツコツと靴音が響いたかと思うとドアが開いた。
 いつもの様に、スープ皿を取りに来たのだろう。
 高そうな靴を履いた大きな足が、こっちに近づいて来るのが見えた。
 薄れていく意識の中で、ふと気づく。

 これまで、高そうな靴を履いた大きな足を見た事はなかった。
 私に近づいて来た事も。
 それがどういう意味なのかを考える前に、意識はプツリと切れたのだった。

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