桜の咲き乱れる月夜に
遠い昔の記憶
 自転車をこぎながら見上げる青い空に時折入りこむ桜の花びら。
この時期が一番好きなはずなのに胸が苦しくなる。
昔からそうだった。
何故かはわからないけれど、ずっとそう。

「千代、おはよう!」

「おはよう、桃」

教室には中学からの友達、近藤 桃が教室に入ってくる私を見つけて手を振ってくる。
私も笑顔で桃を見つめて手を振る。

 自分の席に一旦行き、鞄を置くと即、桃の元へ。
その前の席の椅子を借りて座りいつものようにいろんな話を次から次へと。
自分で言うのもなんだけどよく毎日飽きないよねえ。

 私の名前は鈴木 千代。
千代なんて今どきの名前じゃないのが不満。
なんでこの名前にしたのか親に何度も聞いたけど夢で見た、って言われるだけで。
納得いかない。

今は高校2年生になったばかりで今年は桃が同じクラスで良かった。
本当に良かった!!
元々あまり友達も作るのが得意ではなく、1年の時は友達がいなくて辛かった。
桃とLINEやら通話やらいっぱいしてしまうのに会うと更にいっぱい話したくなる。

「ちょっと、ごめんね」

私が座っている机の主が登校してきたようで。
慌てて立ち上がると

「ごめんなさい」

そう言ってその男子の顔を見つめる。



 その眼差し、私は知っている。
そう、この胸がぎゅっ、ってなる。
思わず手を握り締めて胸に当てた。



桜の花びらが舞い降りる。
開けた窓から風に吹かれて。



その男子もじっと私の顔…いや目を見つめていた。



「…何だか懐かしい」

その声も、私は覚えている。

「…知り合い?」

 桃が眉をひそめて私とその男子の顔を交互に見ていた。
私はゆっくりと首を横に振る。
けど、その目。
視線を外せない。
その男子も驚いた様子で私の目を見つめている。

「一目ぼれ?」

桃がにやにやしながらそんな事を言う。

「「そんなもんじゃない」」

その男子と同時に同じ言葉を発したのに驚いた!
しかも二人ともその瞬間に桃に視線を動かして。

「…何、二人ともちょっと怖い」

桃の顔が引きつっている。
私も心は引きつっている。
そう、怖い。

また胸が痛くなった。
そして胸騒ぎ。

「…俺、まだ座らないから座ってていいよ」

男子はそう言うと教室から出て行った。

「ふう…」

大きなため息とともに私は椅子に座った。
座ったというより、力が抜けて 座り込んでしまった。

「…シンクロ?波長が合ってる???」

桃はまたニヤニヤしてる。

「千代にもようやく春が来るのかなー!!!」

そう言って机をグーで叩いて笑っていた。
いや、何でそんなに笑うの。

「…トイレ」

私はムッとしながら立ち上がって教室を出る。

「待って待って、私も!!」

桃はニコニコ笑って腕を組んでくる。
こういうことをしてくるから桃のことは憎めない。

「…でも、さっきの男子さ」

手を洗いながら桃はいつになく真剣な目をして

「どこかで会ってない?
同じクラスになったんだからそりゃ会ってるんだけど私もどこかで見た気がするんだよね」

桃がこういうことを言い出すときは怖い。
少しスピリチュアルな部分を感じる。

「あ、受験の時かなー!!」

なんて言うから私も笑ってしまった。

「あ」

トイレを出ると遠くから歩いてくるさっきの男子。
見つけると目を離せなくなってしまう。
それは彼も同じだった。

「…ふーん、ふうううううん~」

桃のニヤニヤした目が遠くにいる彼と私の間を何度も往復する。

「運命の人かよ」

桃の目はますます輝いていると思われる。



あ、また桜の花びらが。
廊下の窓から風に吹かれて入ってきた。



「…変な事を言うけど」

その男子は私の目の前に来て綺麗な口元を動かした。

「ずっと前、どこかで会ってる気がして仕方ない。
そのことばかりが頭の中でグルグル回って…」

すっと伸びた手。
その手で少し伸びた前髪をかき上げた。
そして苦悶の表情を浮かべた。

その手も私は知っている。
その表情も。

胸が苦しくなるのも。
ずっと知ってるから?

「…」

なんて言えば良いのかわからない。
気を抜けば。
涙が溢れて出そうな、苦しさ。

知ってる…?なんで?
小さいときにどこかで出会った?


「ごめん、変な事を言ってる」

くるっと向きを変えると教室に入って行った彼。
名前は藤田 蒼。
下の名前は あお って読む。

気になる。
…彼女、いるんだろうか。
桃の言う通り、ひとめぼれなのか、私。
頭がぐるぐる回る、自分が一体何なのかわからなくなる感覚がする。




「鈴木、鈴木〜?」

慌てて顔を上げた。
担任が私の顔を覗き込んでる。

「大丈夫か?さっきから顔が赤くなったり青くなったり。
体調悪いのか?目もぼんやりしてるぞ?」

遠くで桃が声こそ出してないけど爆笑している。
その前の席にいる藤田くんは心配そうにこちらを見つめている。

その目も、私はよく知ってる。

一体どこで?
考えれば考えるほど胸が苦しくなる。

「先生、保健室に行ってきます」

ダメだ、もう無理。
何かが歪む感覚がする。



 保健室で少し寝させて貰える事にした。
昨日は8時間、バッチリ寝ていたのにな。
…藤田くんと目が合ってからおかしい。

少し横になっていると自然と瞼が閉じていく。
ん?私、やっぱり寝不足???

いや、違う。

藤田くんと桜の花…。
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