祈りの空に 〜風の貴公子と黒白の魔法書
「この近くに、泊まれる場所はありますか」
 馬を預けた街道沿いの旅館はこことは真逆の町の外れだ。暗くなる前に戻るのは無理だろう。
 今日はいろんなことがあった。頭の中を整理して、どうするか一晩考えてみよう。いったん王都に戻るか、ギルドを抜ける覚悟でこのままレイシアに出発してしまうか。
 少し可笑しくなった。……答えは決まっていて、あとは決心するだけ──なんじゃないか?
「そうね……少し待ってね」
 シルフィスの質問に、ユーリーは立ってドアの向こうに消えた。戻って来たときは、ダルグと一緒で。
「上の息子の部屋でよければ、空いているので、泊まっていきますか」
 気さくな調子で、ダルグが言う。
「港のそばに宿屋はありますが、船が入ったので、どこも落ち着かないと思いますよ。久しぶりに陸に上がった船員たちが羽目を外してね」
 ああ、と納得する。酒を飲んだり女を抱いたり、同じ屋根の下で一晩じゅう騒がれるのは確かに辛い。
「では、お願いしてもいいですか。心苦しいのでお礼はさせてほしいのですが」
「そうですね。その方がそちらも気楽でしょう。でも、たいしたことはできないので、奮発しなくていいですよ」
「あたし、部屋に案内する!」
 声を上げたのはルチェだ。大きな目をキラキラさせて、シルフィスの腕を取る。
「こっちよ、ええと……」
「シルフィス」
「そう、シルフィス!」
 ルチェに引っ張られて開いたままのドアを抜ける。閉めようかどうしようか、何気なく店内をふり向いたとき、ナーザが両親と話しているのが見えた。
 三人の表情は真剣な、いや、深刻にさえ見えた。すぐ、ルチェが、バタンとドアを閉めてしまったけれど。
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