ナッシング・トゥー・ルーズ



今思えば初めて目が合ったときから始まっていたのかもしれない。





その日は2つ年下の妹が初めて彼氏を家に連れてくることになっていた。
これぞ世の中のセオリーとでもいうべきか、妹のカナは私と違って要領が
よく、明るくて友達も多い。私も男の子と付き合ったことが全くないわけ
ではないけれど、家族に紹介したことがなかったから、ママは娘が初めて
彼氏を連れて来るとあって私たちを朝学校に送り出す頃からそわそわして
いた。どこのケーキがいいかしら、ねえ莉奈、と真剣に考えてるママが
ちょっと可愛かった。



『同級生で1年生なのにもうテニス部のエースなの、うちのテニス部って
強いのよ、それだけじゃなくてカッコいいんだから!』というのが最近の
カナの口癖だ。そこまでいわれると姉としてはどんな男と付き合ってる
のか気になるところということで、私はこの日寄り道もせず帰宅した。


私が家に着いてまもなくカナが彼氏を連れて帰ってきた。
背が高く真っ黒に日焼けした肌と少しクセのある柔らかそうな髪。
人懐っこそうな笑顔と挨拶は完璧で、黒澤海斗です、と名乗ったその男の
子は早々に『彼女のママ』という大人を味方につけた。


こっちがお姉の莉奈ちゃん、とカナがいって、振り返った黒澤くんと目が
合った。確かにカッコよくてカナが自慢するのもわかる気がした。だけど
感じたのはそれだけじゃなくて、なんかこう上手くいえないけど、目が
合ったほんの一秒に黒澤くんの瞳の奥にある種のしたたかさを見たような
気がした。


しばらくの間リビングでテレビを見ていたら、カナの部屋にお茶とケーキを
持っていくようママにいわれた。結局ママが選んだのはカナの大好きな
お店のケーキとアールグレイ。私の分もちゃんと買ってあることを確認
して、私はお盆を手に階段を上った。
階段を上りきって一息ついたらカナの部屋のドアが少しだけ開いていた。
よかった、両手ふさがってるし足で開けてしまおう、と思ったその時、
私は見てはいけないものを見てしまった。ドアの隙間から見えたのは、
ドアに背を向けた状態で座っているカナの後ろ姿と、そんなカナにキスを
している黒澤くんの顔。呆然と立ち尽くしていたら、気配を感じたらしい
黒澤くんが目を開けて、私と目が合ってしまった。それなのに黒澤くんは
私に見せつけるかのようにキスを続け、時々私の様子を見るために上目
遣いで視線を送ってくる。私は恥ずかしくなってドアの前に音をたてない
ようにお盆を置き、自分の部屋へ戻った。



< 1 / 9 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop