翌日、早速吉原中で八千代と陽炎花魁のことが話題になった。

 なにせ、今まで馴染みを一人も作らなかった陽炎花魁にいきなり贔屓の男が現れたのだ。

 陽炎花魁だったから、というのも理由の一つではあるが、その相手の容姿が優れていたから、というのも理由の一つだ。

 皆が騒ぐ通り、八千代はその辺の男に比べれば余程綺麗な顔をしていた。吉原の女郎達が黄色い声で騒ぐぐらいには美形だったのだ。暇なお茶引き遊女などは八千代の絵姿を書いたりして話の種にしていた。

 周囲の言うように、確かに表面上八千代は陽炎の馴染みとなったが、実際は色気なんぞあったものではない。

 八千代は目の前にいるのが吉原一の花魁だとしても眉ひとつ動かさず早く帰りたそうにしていた。

 朝までどころか、話が終わるとさっさと帰ってしまったのだ。無論期待なんかしていなかったが、あまりの潔さに陽炎は驚いていた。

「八千代様は変わったお方でありんすね」

 こよりは周囲があれだけ騒ぐ中、一人冷静な顔をしていた。

「変わっている?」

「吉原に来たのに、女遊びの一つもならさないなんて、変わっていると思いんす」

 こよりはあの場に少しばかりいたが、吉原に来て日が短いものの、陽炎にいろいろ叩き込まれているからすぐに状況が飲み込めたのだろう。
 陽炎は八千代と約束したため多くを語らなかったが、八千代と陽炎の間にそのような甘い事実はないと察したのかもしれない。

「こより、主は八千代様のことをどう思いんすか」

「正直よく分かりんせん。今まで見て来た殿方とは少し違いんすから……」

「わっちも、そう思いんす」

 八千代という男の認識はこよりと一致したようだ。八千代が他の男達と違うことは見て明らかだった。それは見た目も、中身もだ。

 吉原には歌舞伎役者なんかもよく訪れるが、彼らは仕事柄愛想もよく気前もいい。

 ところが八千代はあの見た目で女っ気があるかと思いきや全く眼中になく、挨拶の一つもしようとしない。

 またそこが女郎達の気をひくのだろうが、変わった男だ。あまりにもつまらなさそうな顔をしているからてっきり衆道なのかと勘違いしそうになった。

「花魁、八千代様は少し怪しいと思いんす……。何か企んでいるのやも──」

 こよりは表情を曇らせた。

「心配しなさんな。わっちも馬鹿じゃござりんせん。あの男のことはもう少し様子を見るつもりでありんす。男なぞ、簡単に信用してはいけんせん」

 ────そう、簡単に男は信じてはならないのだ。

 陽炎はこよりに、そして自分に言い聞かせるように言った。