なんとなく気乗りしない一日だった。

 客は相変わらず毎日のように訪れるが、変わったことはない。気にいる男は一人もいないし、馬鹿馬鹿しくなるほど熱烈な視線にも飽き飽きしていた。

 かと言って客を取らないわけにはいかない。

 陽炎の元には相変わらず「第一の男」になりたい者達が訪れた。

 妓楼の二階からぼんやりと外の景色を眺めながら、陽炎は夜空を見上げていた。寛いでいると部屋の襖が開き、こよりが顔を出した。

「花魁、加賀屋の若旦那がお呼びでありんす。今日は宴会でありんすよ」

「宴会?」

「なんでも若旦那が大勢の男衆を連れてやって来たそうで」

 聞くなり陽炎は不愉快な気分になった。

 加賀屋伝次郎は一度訪れたことのある客だ。顔も覚えていないから、大したことのない男だろう。よしとも返事していないのにこよりが知らせに来たということは、楼主が勝手に返事したに違いなかった。

「勝手なことを。宴会なんて、がちゃがちゃ騒がしい」

「お断りいたしんすか?」

「そうは言ったって、もう受けてるんざんしょう。ま、裏の客だからちいとは楽だと思いんす」

 陽炎がいつも二回目の「裏」で男をふるのはそれ以上面倒臭い会話をしなくて済むからだった。それにわざわざ床入りせずに済む。

 水揚げされたあと最初の頃はおしげりすることはあったが、今は花魁になったおかげでそれをせずに済んでいた。こんなことができるのは陽炎ぐらいのものだ。

 支度を整えた陽炎は新造や禿達を引き連れて引手茶屋へと向かった。

 二階の宴会場では既に酒や料理が振る舞われ芸者達が大いに場を盛り上げている。

 花魁を指名する方法はいくつかあるが、こうして引手茶屋に呼び出すことが最も贅沢と言われていた。花魁達は客に会うために引手茶屋に向かう。そしてしばらく宴会で騒いだ後再び妓楼に客と戻る。「花魁道中」と呼ばれるそれは一種の財力誇示だった。

 花魁と馴染みになりたいなら、それ相応の財力と器量を誇示する必要がある。それにはこの方法がうってつけだ。

 陽炎はいつものように馬鹿なことだと心で嘲笑いながら、宴会場の上座についた。

 陽炎が座るだけでその場がぱっと華やかになる。それは身につけている豪華な衣装のせいでもあったが、堂々とした陽炎の風格はそれだけで周りを圧倒した。

 陽炎は離れた位置から伝次郎をちらりと眺めた。

 身につけている羽織も上物、陽炎が来るまでに相当金を使ったようだ。酒の瓶は下げられていたが、男の顔を見ればどれほど呑んだかよく分かった。

 宴会場には男達が五人ほどいた。彼らは陽炎の方をちらちらと眺めている。

 花魁は男達の憧れだ。普通は金がなければ会うことなどできないが、ここは伝次郎が払っているのだろう。大方「俺が出してやろう」とでも言ってわざわざ呼んだに違いない。

 だが、陽炎は男達の視線を無視するように宙に視線をやっていた。

 今日もどうせいつも通りに決まっている。男に期待などしたこともない。

 だが、ふと視界の一点に目がいった。そこには、女郎に挟まれた品のいい男が座っていた。

 その男に視線をやったのは他の男より整った顔立ちをしていたからでも身なりが良かったからでもない。男のつまらなさそうな表情が、やけにそこに浮いていたからだ。

 切れ長の瞳。色白の肌。蘇芳色の羽織はやや派手だが、男の顔立ちがいいからか品よく見える。

 この集まり自体金持ちを集めているようだから、あの男もきっとどこかの大店の息子なのかもしれない。

 その男は酒こそ飲んでいたが、女郎が話しかけても鼻の下一つ伸ばさない。

 陽炎は不思議に思った。どうしてこんなところに来たのだろうか。大概の男はせっかくだからと気に入った女郎に唾をつけておくものなのだが────。